おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

いきなりですが引っ越しして、ハンドルネームをつけました。

いきなりですが、引っ越ししました。

これまで通り、過去記事も読むことができます。

ブックマークのご変更をお願いします。

 

jataka.hatenadiary.jp

 

自分にハンドルネームを付けました。

 

いままでは「おっさん」でした、「おっさん」では誰なのか、見分けがつかなく、ハンドルネームにもならないので、せめて、なにか見分けのつくもの、ということで「ジャータカ」にしました。

 

仏教の説話集は意外と知られていないので、「ジャータカ」の由来を聞かれたら、「純粋でダイレクトなバリバリの仏教の説話集だよ」と答えることにします。

 

少しでも知られるようになったら嬉しいです。

 

1か月の告知期間が過ぎたら、ここは趣味の写真関係のブログにしたいと思います。

 

よろしくどうぞ。

 

写真の色の話

写真の色の話

 

初めに申しますが、色には正解はありません

 

まったくもって、好みの世界です。

 

私たちがこの目で見てる世界でさえ、主観に満ちて、ねつ造して、本当は自分の頭の中で勝手に作った世界なのかもしれません。

 

ましてや、色は・・・。

 

それこそ好みの世界です。

 

最近のデジカメ、スマホは、人間が好ましいと思われる色を徹底的に研究して、撮るだけで、なんの修正もいらない画像を得ることができます。

 

好みの最大公約数的な色を出しているのでしょう、かといって、現実の撮影現場がこの色だったか?というとどうなのでしょうか?

 

スマホやデジカメが、人間の好みの色をつくりだしたのでしょうね。

 

正解な色はなんぞやという論争があったら無意味です。

 

ただ、自分の好みは言えますね。

 

例えば、アイフォンだったら

ビビッド、ビビッド(暖かい)、ビビッド(冷たい)、ドラマチック、ドラマチック(暖かい)、ドラマチック(冷たい)、モノ、シルバートーン、ノアール。

9種類のフィルターがあります。

 

あと、グーグルフォトだったら

自動、西部、パルマ、都会、エッフェル、赤面、モデナ、シネマ、VOGUE、オーリー、バザール、アルパカ、眺望。

13種類あります。

個人的には、グーグルフォトの自動は自動補正のことです、人間が好ましいの思える補正を行います、なかなか使えると思っています。

 

いろんな色フィルターがありますが、どれがいいとはいえません、自分の好みを使えばいいだけの話です。

 

かといって、モノクロはどうなの?という話もありますが。

明るさ、コントラスト、YMCへの補正、粒状性など、などのレタッチができます。

 

アイフォンのモノクロレタッチの機能は優秀です、以上のことがほぼすべて出来ます。

 

でも、結局モノクロも好みですね・・。

 

たくさん撮りながら、自分の好みに気づいていくんでしょうね。

ただ、写真をメモ代わりに撮る人には関係ない話ですが・・。

 

色の話にはオチがありません。

 

オチがなくてすみません。

 

 

 

 

 

 

これからは、写真とカメラの話が始まります。

これまでの話

これからもちょっとずつ進めていきます。

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

oldmanbuddhist.hatenablog.com

いきなりですが引っ越しして、ハンドルネームをつけました。

いきなりですが、引っ越ししました。

これまで通り、過去記事も読むことができます。

ブックマークのご変更をお願いします。

 

jataka.hatenadiary.jp

 

自分にハンドルネームを付けました。

 

いままでは「おっさん」でした、「おっさん」では誰なのか、見分けがつかなく、ハンドルネームにもならないので、せめて、なにか見分けのつくもの、ということで「ジャータカ」にしました。

 

仏教の説話集は意外と知られていないので、「ジャータカ」の由来を聞かれたら、「純粋でダイレクトなバリバリの仏教の説話集だよ」と答えることにします。

 

少しでも知られるようになったら嬉しいです。

 

1か月の告知期間が過ぎたら、ここは趣味の写真関係のブログにしたいと思います。

 

よろしくどうぞ。

 

うかつにもジャータカ物語を忘れていました。 子どもと仏教

これまで「ブッダがせんせい」を紹介してきましたが、なかなか納得できなくて、主に批判になってしまいました。

 

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

 

 

 

 

子ども向けの仏教書というのは難しいのかな、と思っていたところ、そういえばジャータカがあったではないか、と、先日の先生の視聴会で気づきました。

 

前世の因縁物語ですが、世界最古級の物語文学ではないでしょうか。

イソップ物語アラビアンナイトにも影響を与えた、とのことです。

 

ジャータカ - Wikipedia

 

ジャータカは、パーリ語の小部経典に収まられていて、

なんていいますか、ダイレクトに仏教です、混じりっけのない仏教です。

 

でも、物語ふうに書いてあるので、読むことで、仏教の教えを自然と理解できるようになっていると思います、この物語に納得できなければ、調べればいいですし、調べることで、さらに深く理解できると思います。

 

下記のサイトでジャータカがたくさん読めます。

ジャータカ物語 目次 jataka index

 

 

子ども向けのジャータカ本ですね。

 

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

 

 

ジャータカは、子どもも大人も、みんなが読める仏教説話です。

今後、少しづつですが、紹介したいと思います。

 

 

 

 

一日仏教の日 自主勉強会と視聴会

本日は9時~16時までダンマサークル

法友とみっちり勉強会と視聴会

 

心に残った部分だけ書き記します。

 

パティパダー4月号の音読とディスカッション。

 

本当の友だちとは。

仏教では、シガーラ経で、友だちについて述べてます。

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

シガーラ経にのっとって、本当の友だちと付き合うほうがいいです。

本当の友だちなら、嫌がることはしません。

 

同等慢はなぜ悪い?

慢は自我からくるのですね。錯覚です。

慢から、怒りとか、嫉妬とか良くない感情のきっかけになります。

自分をよく観察して、慢は悪行為、罪なのだ、という自覚が大事

 

廻向とは、

SNSの「いいね」の話が出るとは思いませんでした。

心の働きの比喩のような使われ方をしていましたが、わかりやすかったです。

人の善行為に賛同すること、応援すること、です、そうすることで、廻向自体も善行為になります。

 

仏教でいう「能力がある」とは「巧み」に行うということ。

 

なにかことが起きたら、まずはすぐやる、すぐやって結果が良ければOK、でもうまくいかなくても、怠けずに「やった」という事実をもとに、明るく再チャレンジ。

前よりも結果がよく、気分よく出来たら最高です。

あまり、感情をかき回さず、目の前のことをとっととやる、ということです。

 

 

昼食をはさんで、13時から視聴会です。

2018年1月28日、マーヤデーヴィー精舎で行われた、関西月例冥想会、スマナサーラ長老の法話の動画を視聴しました。

 

内容は

◆質疑応答
・死に際にするべきことは?
・快と楽を求めることについて?
・食べることと殺生戒について?
・延命治療について

・自殺について

 

死に際にすべきことは。

死ぬ寸前に、慈悲の冥想とヴィッパサナーが割り込んできたら最高です。

でも、そのようになるためには、普段の修行の積み重ねが大事。

うーん、まだまだ道は遠いです。

 

快と楽を求めることについて

うーん、存在自体が苦なのに、この質問は答えようが・・・

でも、快と楽があるというのであれば、徹底的に追及、調べてみてはどうでしょうか?

 

食べることと、殺生戒について。

殺生戒の意味

殺生をするなかれ

慈しみを行いなさい

基本は以上の2つ。

 

小さなこどもに仏教を教えるには

「ジャータカがあるじゃありませんか」というお答えでした。

わたしも、子どもの仏教本を読んでますので、子どもにどう仏教を伝えるかは、興味があります、機会をとって、ジャータカに挑戦したいと思います。

 

延命治療について

基本は家族であれ、人の命にどうのこうのはできない。

私自身、生前に延命治療の有無をよく確認して、臨むべきだと思いました、ただ、それが出来ない場合は、口で食べることができなくなったときが、延命か否かの分かれ目かな、と思いました。

 

自殺について、

基本的に仏教ではNG

欧州では安楽死があるが、それを実行する医師の罪は?

人間はどうせ死ぬのですから、わざわざ自分で施さなくてもいいと思います。

 

みっちりと仏教の日でした。

法友のありがたみをひしひし感じた一日でした。

 

みなさま、お幸せでありますように。

f:id:oldmanbuddhist:20180512214819j:plain

 

ときどき脱線、写真の話(4)「写真の保存方法」

ある写真屋のおやじさんと親しくなって、写真の保存方法について雑談したことがあります。

 

かれこれ18年前くらいの話です。

 

デジタルがどんどん台頭してきて、CDとか、MOとか(MOなんてもう見ませんね)の保存とかが出てきました。

 

でも、おやじさんとの結論は

「やっぱり、紙(プリント)だよね」でした。

 

我が家にはありませんが、実家にある一番古い写真は戦前のものでしょうか。

古い遺影でも戦前のものがありますね。

モノクロ写真です。 ちゃんと残っています。

 

適切に処理されたモノクロプリントはかなりの耐久性があります。

 

あと、私の父が、昭和28年頃から始めている自家処理のモノクロプリントも退色せず、残っています。

 

若干、定着処理の不備とか、きちんと水洗しなかったプリントは、残念ながら変色しています。でも、これはこれで味があっていいです。

 

60年~80年前以上のプリントが残ってる、ということです。

 

そのあと、フィルムを使用する銀塩カラープリントが出てきましたね。

1時間仕上げとか、よくスーパーなんかにあって、買い物している間に出来上がるとか・・。私は、このスピードプリントの仕事をしてた頃があります。

 

あのタイプは、裏面に防水コーティングがしてあって、ペーパーというより、樹脂コーティングペーパーですね。

 

 

樹脂の寿命が尽きれば、痛んできます。

 

また、色を構成している発色部分が痛んでくると退色してきます。

 

赤系統は意外と弱いです、赤系統から退色していきます。

 

さて、60年~80年、もつでしょうか?

 

そのあと、家庭用のプリンターでも写真ができるようになりましたね。

とくに下記のプリンターはショックでした。

ああー、写真屋の仕事がなくなる、と思いました、その通りになりましたね。

www.epson.jp

 

で、これを持ってました。

www.epson.jp

顔料インクで、銀塩写真と同じ退色性があり、(いまだに変色はないです)

名機でしたね。

 

 

いまは、ブラザーのカラープリンタで、インクの染み込む、裏面樹脂コーティングのない無光沢のペーパーで写真印刷してます。

いまのところ、これがいいみたい。

 

話を戻しますが、今は、スマホやデジカメで撮る時代なので、スマホとかPC中とか、インスタグラム、グーグルフォトとかのクラウドに置いたり、たまには整理してDVDを焼くとか、外付けハードディスクに入れるとか、写真をブツにしないで置きっぱにしているのではないでしょうか?

 

スマホやPCが壊れたらアウト

クラウドの経営が成り立たなくなったら追い出されます。

DVDや、ハードディスクって万全?

どれも実体のない写真の居場所です。

 

 

1年に1回くらいは、実体のない大事な写真は実体(ブツ)にて、残すことをおすすめします。

 

 

 

 

 

 

『ブッダがせんせい』(6) 今回は納得

不満ばかり続く『ブッダがせんせい』ですが、今回はいいなあ、と思います。

 

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

 

 

引用します。

 

らんぼうなことばは、

つかわない。

自分にも、

いやなことばが

かえってくるから

 

引用している原典です、中村元先生訳

荒々しいことばをつかうな。言われた者は君に言い返すだろう。

怒りを含んだことばは苦痛である。

仕返しが君に返ってくるだろう。

ダンマパダ 第133偈

 

 

先生訳

粗暴なことばを言うな。言われた人々は、

あなたにそのまま言い返すだろう。

怒りを含んだことばは苦痛である。

仕返しがあなたの身に至るだろう。

第133偈

 

 

 

もっと引用しますね

 

ことばでもけがをする

中略

げんこでひとをぶったら、あいてもしかえしに、ぶってくるはず。ことばでのけんかも同じです。あいてをことばできずつけて、じぶんもかえってきたことばで、きずつけられてしまいます。

 

おうちの方へ

中略

乱暴な言葉は乱暴な心から発せられるので、すでにトゲが仕込まれているのです。心を清めることは、ことばも清めることだと仏教は教えています。

 

 

特に言うことはないです、その通りだと思います。

身体を制御するより言葉の制御は難しいし。

悪い言葉は暴力以上、下手すると殺人以上だし。

もし、言葉の争いになったら止むことはないだろうし。

悪い言葉を言えば、結局、返ってたものは、全部、自分が受け取ることになるし。

結局、心と思考が悪いと、言葉もわるくなるし。

 

巻頭法話から引用します。

巻頭法話(135) 躾と行儀作法は正しいと言えますか? 2006年 5月

 

次の問題は、言葉です。人は言いたかっただけで、思っただけで、喋ってはならないのです。瞬時に思うことはほとんど感情的で、いい加減で、我が儘な思考なのです。それを発言すると、大変な結果になります。話すことは自由だ思うのは勘違いです。「言論の自由」というのは、ものごとを完全に把握しなかった人々が、ある側面だけ考えて言ったことです。普遍的な真理ではありません。完全たる自由を教える仏教が、「言論の自由」という表現を決して使っていないことに、がっかりしてはならないのです。

 話すということは、聞く相手がいることです。そこで、社会というものが成り立っているのです。社会には、社会の決まり、守らなくてはいけないことがいっぱいあるのです。自由に話すということは、ある個人が自分が好き勝手に考えた自己主張を語ることになりかねません。それが、社会の決まりを破ることになるのです。言葉を発言するときは、たとえ相手が一人であっても、その言葉が社会の情報になることを忘れてはならない。言葉が生み出す結果の責任を、発言した人が担わなくてはならないのです。だから、言論の自由は成り立ちません。

 語る人は、社会に非難される、相手が怒る、相手の尊厳を侵害する言葉を語ってはならない。言葉を制御し、管理しなくてはならない。それが出来ない人の言葉は、汚物を振りまくようなものです。行儀良く上手に語る能力のない場合は、釈尊が沈黙を守るようにと諭すのです。世界はうるさ過ぎ。皆、キャーキャーと喋っているが、聞く人はいません。喋るだけで、頭は良くなりません。却って悪くなります。聞き上手は、得します。

 言葉の管理は、身体の躾より難しいのです。人間は、喋るのが好きです。楽しいのです。言葉を発しない生活は無理です。感情がこみ上げてくると、どうしても喋りたくなります。それを強引に抑えるとストレスが溜まって、困ることになります。しかし、言葉には戦争を引き起こすくらい、人々を地獄に陥れるくらい、恐ろしいパワーがあるのです。正しく使えば、人類を幸福へ導くこともできるのです。話すたびにその言葉の責任が自分に掛かってくるので、重大な罪にもなります。言葉は遊びじゃないのです。危ないのです。気をつけた方が身の安全です。

 身体の振る舞いが悪い、言葉が乱暴という問題がなぜ生まれるのかというと、思考が汚れていることによるのです。欲、怒り、憎しみ、怨みなどで汚れた思考をすることこそが、『悪の枢軸』なのです。無知で行う妄想が、精神力を徹底的に浪費させるのです。要するに、思考を管理すれば全ては解決するということです。

 

 

今回の『ブッダがせんせい』は良かったです。

子ども向けですが、その内容は大人もじっくり読むべきです。

子ども以上に、なんと乱暴な言葉を使う大人が多いことか・・。

第133偈の因縁話も、長老と比丘の言い争いから始まってます。

 

ですから、ほとんどの方があてはまってしまう偈ですね。

 

 

私自身、乱暴な言葉を言われ嫌な気持ちになることを避けたいので、

 

乱暴な言葉を言われないように、自分でも言わない。

乱暴な言葉を言う人とは、離れていたいですね。

最終的には、心なので、心のありように注意です。

 

今回の『ブッダがせんせい』は良かったです。

子どもたちにじっくり聞かせてあげたい内容でした。

 

また、良いものがありましたら、また紹介いたします。