おっさんの仏教メモ

仏教をいろいろ考えるおっさんのメモ

お葬式、雑感。

お葬式は、故人の心に敬意を表し、その遺体を本人であるかのように尊厳をもって扱う行為です、あと、ご遺族が心穏やかに故人を送る式です。

 

ですから、これが基本です、これ以外の行為ってどうでもいいのではないでしょうか?

 

例えば、意味のとれないお経をあげるお坊様。

お葬式にあげるお経の本を参列者に渡して、一緒に唱えてもらったほうが功徳があると思うのですが・・・。

意味がとれないと雑音になってしまうのですよ。

 

私が、一番良かったお葬式は、お坊様がいなく、読経や法話もないお葬式がありました、とても良かったです。

 

 

参列者が純粋に、故人を偲び、穏やかな心で参加できました。

お坊様やお経が雑音になるのかもしれません。

雑音がないだけ、すごく良かったです。

 

あと、故人のことをよく知らないお坊様が法話をしても、つまらないです。

お坊様は仏教を勉強していると思うのですが、「ん?」と首をかしげる内容もあります。

 

こんな法話を聞くくらいなら、ご遺族から、故人のことを、思いついたエピソードや、なんでもいいので、長めのお話を聞けるほうが、はるかにいいです。

 

あと、関東や、地域によってお通夜振る舞いという習慣があります。

これは、やってもやらなくてもいいのではないでしょうか?

 

お葬式は、ご遺族の方が故人を見送る式でもあります。

参列者の対応で疲れてしまうと、何が大事なことなのかわからなくなります。そんなことで疲れるわけにはいかないのです、本当は心静かに、穏やかに故人を送ることが大事です、通夜振る舞いって本当に必要なのでしょうか?

 

 

仏教は「死の見方」を説きますが、お葬式には、仏教の出る幕がないのかもしれません。仏教がなくても、お葬式は十分できますから・・。

 

仏教はお葬式の儀式については興味はありません、「死の見かた」について、細かく説いてます。以下、過去に書いた文です。

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

お葬式は地域の文化や習慣にけっこう左右されます、でも、ここで、今一度原点に返ってもいいのではないでしょうか?

 

 

 

 

ウエサックに行きましょう。

仏教徒の大事な行事です。

 

大乗仏教でいうところの、灌仏会(誕生)、成道会(悟り)、涅槃会(仏滅)を一緒に行います。

 

日本の大乗仏教はこの3つを別々の期日に別々に行いますが、南方仏教ではウエサックで、この3つを同時に祝います。

 

なかなか合理的でいいです。

 

あと歴史もウエサックのほうが先ですね。

 

日本ではいつのまにか別々になってしまいましたが。

 

 

国際連合では、1999年に国際的に認知される祝祭日として、公式に認定しているのですね。

ウェーサーカ祭 - Wikipedia

 

国によっては祝祭日ですね。

 

国際的に認知されているのですから、日本のお寺さまも、バラバラにお祝いしないで、一致団結してウエサックをお祝いすればいいのに、と思います。

 

 

仏教徒だったら、この日は、お釈迦様に感謝して、お祝いをして、法友と功徳を分け合う日です。

娑婆は奪い合いの世界ですが、仏教は違います。

 

チエリさん、ありがとうございます。

昨年のウエサックの記事ですね。

thierrybuddhist.hatenablog.com

 

 

一緒に行く法友を募って、行こうと思っています。

それにしても楽しみです。

仏教の健康法

不摂生と加齢のせいか、超弩級逆流性食道炎(胸やけ)になってしまい・・。

 

なんのことはない、ただの胸やけですが、でもこれが超弩級になると、立てなくなるくらい凄いのです、待ってて収まるというレベルではないのです、3年前最初になったとき、わからなくて心筋梗塞を疑ってしまいました。

 

今回、昨夜、発症してしまい、超弩級だと、長時間でもあるのです、夜中の2時頃、市の急患センターに家内に連れていってもらいました。

 

そういえば、以前、病気や身体について偉そうなこと言ってました・・。

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

いざ、自分がなってみると、冥想も気づきも吹っ飛びました。

 

痛みに負けてしまうんですよ。

 

「老病死に勝つブッダ智慧」より引用です。

それでも病気になったとき

 

医者の仕事と宗教の仕事

 

それでも病気になった場合は、どうすればいいでしょうか?

ここまでいったことをすべて守っていても、病気になることはあります。仏教では「そのときはお医者さんのところに行きなさい」と言います。仏教ではお医者さんの仕事はきちんと認めているのです。

お釈迦様は、神秘的になるな、迷信的になるな、ということを皆に教えるために、自分がケガをしたときにはお医者さんに診てもらいました。

ある時、お釈迦様は、ダイバダッタというお坊さんに殺されかけて、足の指にケガをしてしまいました。そこでジーヴァカというお医者さんが治療のためにあわててやってきた。お釈迦様は「お願いします」と診てもらいました。そのくらいのケガは放っておいても治りますが、お釈迦様はあえて、お医者さんに治療してもらったのです。

 

冥想、観察、気づき、なんかは置いといて、病院に直行です。

 

わけのわからん宗教だと、祈ると治るとか、修行すると病気が治るとか、変な話をよく聞きます、病気になったら医者に行けばいいのです。簡単なのです。

 

私「ダメ、まだ痛い」

家内「じゃあ、行こうか(急患センターに)」

 

 

夜道を運転してくれた家内に感謝です。

 

 

『ブッダがせんせい』(2)

ブッダがせんせい』より引用します。

 

まわりの人が、

やってもやらなくても

自分のやるべきことを、

しっかりやろう

 

 

中村元先生訳のダンマパダです

 

他人のまちがいに目を向けない。

他人がしたこと、しなかったことに目を向けない。

ただ、自分がやったこと、やらなかったことだけを見つめなさい。

ダンマパダ50

 

 

スマナサーラ先生の訳です

原訳、法句経より

他人の過ちや、したこと、

しなかったことなど、

見る必要はない。

自分を観るべきだ。なにをしているか

なにをしてないのか、と。

 

 

本には「自分のためにやろう」「やくそくや決めたことを、ちゃんとやるのは、先生のためや、お母さんのためではありません、ぜんぶ、自分のためなのです」「いま、自分がやるべきことを確実に行うことが自らの成長につながるということです」

「自分のためにやることで、成長してみんなに好かれ、誰とでもなかよくできる人になるために、とても大事なことなのです」とあります。

 

べつに人に好かれなくてもいいです、それは大事なことじゃないです。

他人のことは気にせず、他人とは、家族であれ、友であれ、自分ではない他の人のことです、だからそんなことは気にせず、やるべきことをやって成長してください、ということです。

 

人って自分以外の人には異様に鋭いです、自分以外の人の批評や指摘は大好きです。

そのまえに「自分はどうなの?」なのですが・・。

自分のことは棚に上げて、自分のことは隠して、人の批評や指摘をします。

かといって、自分が批評され、指摘されるのはすごく嫌なのです。

その繰り返しだから、世の中ってよくなりませんね。

 

ダンマパダ158と159よりです

自分正しくととのえ、ついで他人に教えなさい。

そのようにする賢明な人は、

煩わされて悩むことがない

ダンマパダ158

 

あなたが他人に教える通りに、自分でも行いなさい。

自分をよく整えた人こそ、他人を整える

じぶんを制することはとてもむずかしい

 ダンマパダ159

 

 

本当は他人にあーだこーだと言うのは成立しないのです。

自分を整えた人間なんてほとんどいませんから。

自分のことは放っておいて、他人にかまうのです。

 

だから、本当に成り立つのは、「自分を観ること」「自分を整えること」これぐらいしかできないですよ、でも、私も含めて、これさえも守ろうとはしないのですよ。

 

他人へのあれやこれやは管轄外だと割り切って、自分の心をだましたりせず、自分の心を観ること、整えることに挑戦してみたらどうですか?と教えてくれています。

 

参考にした本

 

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

 
原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話

原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブッダがせんせい』(1)

仏教伝道協会発行『ブッダがせんせい』より

しつこく読んでいきます。

 

このブログを書いている時点で、世間がいろいろとにぎやかです。

大事な文章が改ざんされたり、無いと言ってた大事な文章が見つかったり、セクハラがあったり、嘘を言ってる可能性があったり、不適切な交際があったり。

 

大人は子どもに道徳を言うことはできませんよ。

道徳教育は根本から成り立ちませんよ。

自分のことを棚にあげて、あーせい、こーせい、と言っても、子どもは言うこと聞きませんよ。

 

世俗に塗れた大人が、文化や社会習慣や伝統に塗れた道徳を、知ったかぶりの顔で言ったところで、厚顔無恥、しょうもなさ、を子どもに見抜かれるんでしょうね。

 

 

道徳を知ったかぶりで言わないで、自分勝手な解釈で言わないで、人格者の言ったことをそのまま伝えればいいと思うのですが・・。簡単なことだと思うのですが・・。

 

 

この本はそういった目的に適っています。

 

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

 

 

主にダンマパダからの引用が多いです。

よく読んでみると「ん??」というのもあります。

こまかく読んでいきたいと思います。

 

4ページから引用

自分が

されたくないことは

きみも人にしては

いけないよ

 

 

すべての者は暴力におびえ、すべての者は死を恐れる。

わが身にひき比べて、

殺してはならない。殺させてはならない。

ダンマパダ129

 

このダンマパダは130偈、131偈につづくのです

 

すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。

みずからの身に引きくらべて、殺してはならない。殺させてはならない。

130偈

 

 

みずから幸せになろうと思って、そのために幸せを求めている他人に暴力でもって害するならば、その人は幸せを得られない。

131偈

 

本では「人のいやがることをしない」「自分がされたくないことは人にもしないこと」

相手の気持ちになって考えること「思いやり」の大切さが書いてあります。

 

学校や家庭なら上記の意味でいいと思いますが、「すべての者」はたぶん「すべての生命」です、生きてるだけですべての生命を害してますので、そこに気づくとが大事なのでしょう。

 

あと、人を害することで、その人がとても悲しむかもしれません、でも害したひとも、本人は自覚が無いかもしれませんが、本当はかわいそうなのです、気づかないままかわいそうなことになります。

 

だから、暴力をふるう、ひどい言葉を使う、金銭を使って害を与える、というのは、やった人、やられた人、誰一人得をした人はいない、ということです、慈しみから遠ざかる、ということです。

 

だから「殺してはいけない、殺させてはいけない」です。

 

誰ひとり得にもならないことは、とっととやめて、慈しみの心をそだてましょうよ。です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁重にお断り。シガーラ経

スリランカの方からパーティーのお手伝いに誘われているのですが、一晩中踊るのだそうです、仮装して踊らされるみたい。

 

パーティーなので、お坊様は来ません、お酒も飲めます。

 

歌や踊りは個人的に苦手だし、在家のやってはいけないことにひっかかるみたいなので、丁重にお断りしました。

 

準備とか、お手伝いはしますが、歌、踊り、仮装は、ちょっとごめんなさいです。

 

 

歌とか、踊りとか、そういったことに接すると、シガーラ経を思い出しました。

 

お釈迦様が、資産家の子、シガーラに説いたものです、破滅のない人間の道を平易に説き、「在家者の律」と呼ばれ、家庭生活に不可欠なものです。

 

というわけで、下記を思い出しました。

 

原始仏教12

長部 第31 シンガーラ経 片山一良先生の訳です

 

六の財の破滅門

「どのような六の財の破滅門に、かれは親しむことがないのか。資産家の子よ」

スラー酒・メーラヤ酒という放逸の原因となるものに耽ることは、もろもろの財の破滅門です。

 

非時に道路を歩くことに耽るのは、もろもろの財の破滅門です。

 

見せ物に魅せられて行くことは、もろもろの財の破滅門です。

 

賭博という放逸の原因となるものに耽ることは、もろもろの財の破滅門です。

 

悪友に耽ることは、もろもろの財の破滅門です。

 

怠惰に耽ることは、もろもろの財の破滅門です。

 

 

 以上ですが、パーティとかは3番目に該当するようです、片山先生は「見せ物」と訳しましたが、スマナサーラ先生は「集会」「集まりごと」という意味にもとっています。

 

見せ物、集まり事、集会の危難を6つ説いてます。

 

どこに踊りがあるのか。

 

どこに歌があるのか。

 

どこに音楽があるのか。

 

どこに講談があるのか。

 

どこに銅鑼に演奏があるのか。

 

どこに太鼓の演奏があるのか。

 

 

 

昔はこれらを追い求めて、財を使い果たしてしまったのでしょう。

 

スリランカの方たちが主催するパーティーが、シガーラ経に完全に抵触するとは思いませんが、それでも、ほかの大事なことを忘れて耽ってしまうと、良くないのでしょうね。

 

まあ、私の場合は、歌や踊り、酒の席は苦手だし、今回、お断りしたことで、シガーラ経を再勉強しました。

 

以前もいろいろ書いてますね。

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

 

けっこうしつこく書いてますね。

お幸せでありますように。

いただきものいろいろ。「ブッダがせんせい」

法友からいただきものです。

 

嬉しいです、ありがとうございました。

 

 

慈悲の冥想、完全バージョンの小冊子

 

お釈迦様像

 

Tシャツ

ダンマパダ183偈と、慈経の3と5偈のパーリ語が書かれています。

 

子ども用絵本「ブッダがせんせい」

 

誓教寺報「つきなみ」

 

 

多めにいただいたので、サークルの法友と分けました。

 

この中で一番興味を抱いたのが、仏教伝道協会が刊行した「ブッダがせんせい」。

子ども用の本ですね、イラストも多く、わかりやすい文章です。

 

仏教伝道協会は、測定機器メーカー「株式会社ミツトヨ」の創業者である沼田恵範氏が創始者なんですね。

 

よくビジネスホテルにある「仏教聖典」という本を見ることがあります。

この本を寄贈しているのですね、でも寄贈することが主な事業ではなく、ほかにも仏教を広めるためいろいろな活動をしています。

 

公益財団法人仏教伝道協会 Society for the Promotion of Buddhism

 

ミツトヨ - Wikipedia

 

 

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

 

 

 

子ども向けの仏教書は非常に興味深いです。

 

この本について調べたいと思います。