おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

アーナンダ尊者 8つの条件

いま、こうやって、お釈迦様の教えに触れることができるのは、「記憶能力第一」のアーナンダ尊者のおかげです。

hohiさんのpali語学習 作業記録より引用します。

スマナサーラ長老の法話を要約していただきました。

偉大なる人の役に立つには

 

アーナンダ尊者が、お釈迦様のお世話係をするために、8つの条件をお釈迦様にお願いしました、お釈迦様はそれを受け入れられました。

契約しないと受け取れない

  • アーナンダ尊者は冷静でした:正しく仕事をこなすためにブッダに条件を認めるように頼んだのです
  • 仕事の重大さをよく知っていたのです
  • 他人に批判されるならば、正しく仕事を行うとは言えない
  • また、自分の立場を守らなければならない

条件とは

  • 1から4まで(禁止)アーナンダ尊者が断る項目(paṭikkhepā)
    • お世話することで何も見返りを期待しない
  • 4から8まで釈尊にお願いする項目(cattāro āyācana)
    • お世話する人の義務を果たせる自由

禁止項目四つ(cattāro paṭikkhepā)

(Mahāvaggaṭṭhakathā)

  1. 御自身が布施として受けとった衣を私に与えないこと(paṇītaṃ cīvaraṃ na dassati)
  2. 御自身が布施として受けとった食物・飲み物を私にすすめないこと(piṇḍapātaṃ na dassati)
  3. 釈尊が住む場所に住まわせないこと(ekagandhakuṭiyaṃ vasituṃ na dassati)
  4. 釈尊がお受けになった接待に私を呼ばないこと(nimantanaṃ gahetvā na gamissati)

従う項目四つ(cattāro āyācana)

(わざと失礼に聞こえるようにしているが、中身は非常に深い内容です)

  1. 私が人から受けた接待に釈尊がお出でになること
  2. 私が地方から釈尊に会いにくる人の面会を決めること
  3. 私に質問が生じたら、即座に釈尊に面会出来ること
  4. 私が傍に居ない時になさった説法を全て繰り返し私にも教えること

 

アーナンダ尊者の謙虚で、でも、自分の仕事はきちんと全うしよう、ということがわかります、ジーンときます。

 

 とても大事な項目が、従う項目4番目で、この4番目のおかげで、お釈迦様の説法が、今に残ることができました。

 

仏教はお釈迦様が生きていた頃から、記録の大切さを実践してました。

そのおかげで、ティピタカを、たっぷり無料で読むことができます。

本物の教えに触れることができます。

 

一部の学者さんは、文献学の観点から、「古いものほど怪しい」とあれやこれや言ってますが、その迷いを下記の本は吹き消してくれます。

 

日本仏教は仏教なのか?

日本仏教は仏教なのか?

 

 

思いっきり、ティピタカに親しんでほしいです。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

 

 

沙弥出家の十戒法

沙弥、まだ比丘になる前の見習いの僧、でも出家してます。

出家の際、尊師に三帰依と沙弥出家の十戒を懇請します。

 

三帰依三宝への帰依

沙弥出家の十戒は、沙弥が守るべき十の戒です。

 

以下、沙弥が守るべき十戒です

 

私は「生き物を殺すことから離れる」という学習箇条を保ちます。

 

私は「与えれないものを取らない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「不梵行(淫欲行)をしない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「嘘を言わない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「放逸の原因となり(人を)酔わせる穀酒果酒を飲まない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「時間外の食事はしない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「踊り、歌、音楽(修行)の妨げとなる(それら)を見たり(聴いたり)しない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「装飾の原因である花飾りをつけたり、香(クリーム)を塗ったり、香(おしろい)をつけたり、アクセサリーを着けたり、着飾ったりしない」という学習箇条を保ちます。

 

私は「高い床や立派な寝床に寝ない」という学習箇条を保ちます。

 

10

私は「金銀を受け取らない」という学習箇条を保ちます。

 

以上、南方仏教基本聖典より引用

 

南方仏教基本聖典

南方仏教基本聖典

 

 

 

 

お坊様は悟るために、出家して修行しているので、以上の十戒は、修行に邪魔なものを排除し、守ることで修行に専念できます。

 

修行に専念するお坊様にとっては、それほど難しい項目ではありません。

 

難しくないとは思いますが・・・。

 

ただ、日本は、カネカネカネの国家なので、テーラワーダのお坊様もお財布を持っていたりします、でも、これは厳密に言うと戒律違反になります。

違反にならないように、他の人に預けている方もいらっしゃいます。

 

お坊様は悟るために修行に専念していただき、在家はそれを支え。

さらに在家はお坊様が戒律違反にならぬよう支え。

万が一、お坊様が戒律違反をした場合は、在家は指摘して、直すようにする。

 

テーラワーダでは、現状に合わせて戒律を変えるということは考えられないので(変えてしまうと大乗仏教になってしまいます)守らせるように努力するしかないです。

 

戒律違反のお坊様を見てイライラするより、指摘して、直して、支えていくのが、仏教徒ですね。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

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「ん? だから、なに?」で終わります。

自分は関わっていないのですが、他で、いろんな組織がうまくいってないことを見たり聞いたりしています。

 

当然、人が関わっているわけですが、原因は中にいる人間です。

 

「イヤなことあった」「不快だった」「あいつは嫌い」「気に入らない」「あいつは間違っていると思う」「よくないことだと思う」

 

いろいろです、お互い、面向かって話し合いをせずに、陰口に終始すると、収拾がつかなくなると思います。

 

当たり前の話ですが、組織の中心者が人望がある人だと、きちんとまとまりますね。

多少のトラブルでも放っておかず、克服していきます。

ダメな組織だと、トラブルを放置して、どんどん積み重なって、崩壊していきます。

 

当然、ダメな組織の方って、中心人物に人望が無いです。

人望が無い方は、面白いのですが、どうでもいいことばかりしています。

 

自分の書いた文章からです

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

スマナサーラ長老の仏教塾より

 

自分はなぜ生きるのか、そんなことに迷ったら、とにかく「人格向上のために生きる」と決めてしまうのです。

「なぜ、この仕事をするのか」「なんのために働いているんだろう」など、そんな思いに支配されてしまうときは、「すべては人格向上のため」にやっているんだ、と思えばいいのです。

人間はゼロで生まれてきて、いろいろなことを学びながら成長していきます。「できないことが、できるようになる」というところに達成感や喜びがあって、それを味わいながら、一歩一歩成長していくわけです、それが生きるということです。

そういった生きるいとなみの目的を「人格向上のため」と定めるのです。それを生きることのど真ん中におくのです。

それ以外のことは、いわば「俗世間的プログラム」です。俗世間のプログラムとは、仕事で評価される、出世する、お金持ちになる、自分のやりたい仕事につく、などです。

そういったものを人生の目的にしたら、あまりにさみしいことです。そういったことは「ついで」にやればいいのです。

お金を稼いだり、自分のやりがいを満たしたり、人から評価されたりするのは、すべて「ついで」の領域です。人格向上をするかたわら、生きていくのに最低限のお金が稼げれば、それで充分です、その「出来、不出来」に一喜一憂する必要はありません。

 

稼ぐ心配をしたり、評価の心配をしたり、出世の心配をしたり、「ついで」」のことばかり心配して、人格向上という大事なことを置き去りにしてると、物事はうまくいかないと思います。

 

仏教

「これだけ世間的に大成功しました」「ものすごく稼ぎました」と言われても

「ん? だから、なに?」 で終わります。

 

うまくいかないケースを見てると、「もったいないなあ、仏教学べばスムースにいくのに」といつも思います。

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

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浄土真宗は仏教なのか?

藤本晃先生の著作です。

一部ではいろいろと言われているそうですが、私が調べた範囲では、お釈迦様的になんの問題もありません、疑問に思う方はきちんと調べて藤本先生に質問されてはどうでしょうか?

 

あと、問題にされている方は、なかなか宗祖仏教の立場から離れることができず、「お釈迦様」という視点がありません、そこから出発してません、自分の立場に固執すると、自由な話し合いができません。

 

お釈迦様がいなければ、宗祖仏教も無かったわけですから・・・。

 

最近、心に残った言葉で「ブッダワーダ」があります、「テーラワーダ」は長老の教えという意味ですが、ブッダワーダは「ブッダの教え」ですね、自分の立場に固執するのはやめて、ここは「ブッダワーダ」を真剣に調べてみては・・。

 

藤本先生は学者でもあります、学者にもいろいろな方がいらっしゃいますが、藤本先生は、威張らない、気取らない、やさしい先生だな。と感じてます。

お会いしたことはないですが、文章でだいたい人格ってわかります。

 

 

お盆も近いですし、たまには家の宗教を調べてみては・・。

 

お幸せでありますように

 

 

 

下記の本です、通称「青本

 

浄土真宗は仏教なのか?

浄土真宗は仏教なのか?

 

 

 

 

「赤本」もあります、これから買って読みます。

 

日本仏教は仏教なのか?

日本仏教は仏教なのか?

 

 

 

 

ありゃ、「紫本」もありました、ご紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が正しいという思い込み

ブッダの教え一日一話より」

相手を許さないのは、「自分が正しい」と思い込んでいるからです。

しかし、「自分が正しい」というのは、この世ではあり得ないことです。

ケチをつけようと思えば、誰にでもつけれます。しかし、その権利が自分にあるのかどうかです。よく見れば、自分だってよくまちがえるし、失敗するのです。

すべてのものは不完全。何ひとつ完全なものはない。それが真理です。

「いかに完全に近づくのか」ということが生きる道です。その道は限りなく一生続くのです。

 

本当に自分が正しい人は、幸せなので、人のことは気になりません、人にケチをつけません、自分が正しいなら幸せなはずです、でもケチをつける人って幸せそうに見えません。

 

自分のことは棚に上げて、原因を外に求めるからでしょう。

 

人間がよく陥る罠ですね、この罠にはまると、自覚がないのでなかなか出ることができません、悪い結果が、また悪い結果を生む連鎖になるので、最後は治らなくなってしまいます。

 

病気より恐ろしいです。

 

身体の病気は怖がるくせに、心の病気には無頓着なんですね。

 

「絶対」とか「完全」なんて無い、と思えば罠を自覚できます。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

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どうしようもないお坊様? 破戒? でもサンガのはしくれ? でも仏法とお釈迦様を探せ!

テーラワーダ仏教を熱心にやっている方には、けっこう日本の仏教に批判的な方がいらっしゃいます。

 

日本の仏教に疑問があり、嫌になってテーラワーダ仏教を学んでいる方もいらっしゃいます。

 

ですから、お坊様を見る目はとても厳しいです。

 

日本のお坊様だけでなく、テーラワーダ仏教でも、お坊様のラフな話を聞きます。

 

在家としてラフな話を許せるのか?、許せないのか?と悩む在家の方もいらっしゃるでしょう。

 

で、私はどうなのか?というと、以前も書きましたが、藤本晃先生の話におおいに賛成です。

 

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

藤本先生は、破戒・悪法のサンガであっても、サンガであるからには「仏法」が探せば必ずあります、倉庫の奥底でほこりをかぶっていようとも、サンガには大切に保管されているのです。と述べて、さらに「このニセ坊主にお布施する」という気持ちを変えて、サンガのはしくれとしてお坊様、あんたにあげるんじゃないから、お釈迦様から続いてきたサンガの代表としてしっかり受け取ってください。と

 そして、受け取ったお坊様はお布施をどのように使おうとも、お坊様個人の行為ですから、その結果はお坊様に現れます。

お布施する側のこころがきちんとしていれば最大の功徳が得られるようにお布施していますので、サンガにお布施するだけで大安心なのです、と述べています。

 

どうしようもない、破戒のお坊様もサンガのはしくれだし、サンガの中を探せば仏法(ダンマ)も見つかるだろうし、ブッダも見つかるだろうし、サンガ、ダンマ、ブッダを敬います、そう思って接すれば腹も立たないと思います。

 

破戒のお坊様の運命は知ったこっちゃないけど、こちらは三宝を敬っていますので、特に何もないです。

 

在家としたら、破戒の過ぎるお坊様は注意しなくていけないし、そんなお坊様を見てカリカリするのは、お坊様が悪いのではなく、自分の心の問題です、その心に気づくことがとても大事です。

 

テーラーワーダのお坊様もいろいろいますが、でも13歳ころから家を出て修行してますので、なんらかんら言っても、それだけでも尊敬です。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

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「おまけ」を煽るビジネス雑誌

ビジネスマンが読むような本や雑誌はまったく読まないですが、たまたま資源ゴミのカゴの中にあり、明らかに所有権を放棄されたビジネス雑誌があったので読んでみました。

 

特集で

スマホ&ネットすごい活用術 高年収VS低年収 ネット活用の違い解明」

 

高年収層と低年収層のアンケートをして、「あなたもこうすれば高収入になれるかも」と、なんだか煽る見出しです。

 

内容は

「低年収層はネットを使わない仕事が3割」

「高年収層は通勤中にメールをチェック」

「低年収層はLINE、高年収層はFBとツイッターを愛用」

「若手高年収層の半数がネットで語学勉強」

ポケモンGO、若手高年収層は5割が経験者」

「高年収層は自分の価値を上げるためにネットで発信」

まだいっぱいあります。

 

つまり、アンケートを通して「 低収入から高収入になるためには、こんなやり方があります、高収入の人はみんなやってますよ」という内容。 

 

アンケートだって、自社で勝手にやっているものだから、正確かどうかわかりゃしない。

 

日本のビジネスマンって、本当にこんな内容のビジネス雑誌を読んでいるのでしょうか?

 

マジに信用しているんでしょうか?

 

仕事を頑張って自分の収入を上げることは大いに結構です。

でも、収入って手段なので、目的じゃないです。

なんのために仕事をするのか?

収入は仕事をした後の、社会の自分への評価です。

 

 

以下、 私の仕事の基本的な考え方です

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

 

なんのために仕事をするのか?

 

自分の役に立つこと

周りの生命に役に立つこと

全ての生命に役にたつこと

 

収入はその「おまけ」です。

 

 

「おまけ」である収入が目的となったらおかしなことになります。

「おまけ」のために自分の時間を犠牲にし、「おまけ」のために家族と不和になり、「おまけ」のために体を壊し、「おまけ」のために心の具合も悪くなる。

 

そんな「おまけ」はいらないなあ。

 

ビジネスマンである前に人間ですから、人間として、もっと、自分にとって大切なことがあるし、自分を大切に出来る人は、他人も大切にします。

 

これからのビジネス雑誌は、格差を面白おかしく煽るよりも、低収入でも高収入でも、やりかたひとつでこんなに幸せになりますよ、周りも幸せになりますよ。

 もっともっと楽しくなりますよ。という内容がいいですね。

 

自分にも、周りの人にも、全ての人にも役に立たない内容でしたので、雑誌は資源ゴミ行きになりました。

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

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