おっさんの仏教メモ

テーラワーダ仏教をいろいろ考えるおっさんのメモ

アビダンマ復習 心の流れ

心はとても短い時間に生滅を繰り返しています。

 

まだ、習っていない部分ですが、テキストには、心の寿命は「1心刹那」といい、心が1回生滅する時間をいい、それは1弾指の1兆分の1程度の極めて短いものである。とあります。

 

どれほど短いものであるか想像が尽きません。

 

心は24時間、寝ている時も、起きているときも、間を開けずに生滅を繰り返しているので、流れているように見えます。

 

「生滅生滅生滅生滅生滅生滅生滅生滅」

こんな感じなのでしょうか?

 

それとも

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

こんな感じなのでしょうか?

いや、たぶん、くっついていなければダメでしょう。

 

テキストでも、先生も、映画フィルムの譬えをしていただきいました。

下記、フリー素材いただきました。

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心の流れ(路心)

 

心の流れ「路」といい「五門路」と「意門路」と「有分」があります。

 

五門路

眼耳鼻舌身の感覚の入り口と譬え「門」と呼び、五つの門を縁として生ずる流れを言う

 

意門路

五門以外の心の流れ

 

有分

五門路と意門路の間に生ずる潜在的な心をいいいます。

 

おおざっぱな簡単な分け方ですが、以上がものすごいスピードで生滅を繰り返しているんでしょうね。

 

映画のフィルムの譬え

フィルムの画像の部分→五門路、意門、(意識的な心の流れ)

 

画像の周りの黒いフレームの部分→有分(認識できない心の流れ)

 

画像の無いフィルム→有分

 

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生まれてから、毎日、起きている時も、寝ているときも、24時間、そして死ぬまでフィルムは動き続けます。

 

本当はもっと細かく分けて、分析しているのですが、初心者ですので、フィルムの譬えが一番わかりやすかったです。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

 

 

 

 

スリランカのお寺

空き家を利用して、スリランカのお寺が出来る予定なので、建物の清掃等のお手伝いに行ってきました。

 

スリランカ仏教テーラワーダ仏教です、お寺はテーラワーダ仏教が実際に行われる場所になります。

 

空き家の有効活用になります、お寺になる土地や建物を寄進(無償譲渡)するのは、なかなか出来ないことです、寄進された方に感謝いたします。

 

在日スリランカ人、日本人、仏教に興味のある日本人、いろいろな方が集まればいいな、と思い清掃をしました。

 

 

お寺から庭を望む(写真の建物は、お寺ではありません)

いい風が吹いていて、冥想には最高だと思いました。

 

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アビダンマ復習「心」「心所」

勉強では「名」(ナーマ)は「心」と「心所」の二つに分けることができる、と教わりました。

 

「心89」

「心所52」

 

今回「心」については、かなりの駆け足で学びましたが。まだ「心所」については学んでません。

 

ただ、先生は「心」を純粋な水に譬え、「心所」を水に混ざる成分と譬えました。

水に土を混ぜると泥水になり、絵具を混ぜると色水になります。

 

心に貪瞋痴の成分が混ざれば不善心になり、貪瞋痴と反対の成分が混ざれば善心になります。

 

 

 

「心」と「心所」についてダンマパダを参照します

 

1(1)諸々の法(事象)は、意を先行(の因)とし、意を最勝(の因)とし、意をもとに作られる。もし汚れた意で、あるいは、語り、あるいは、為すなら、そののち、彼に、苦しみが従い行くーーー(荷物を)運ぶ(牛)の足跡に、車輪が(付き従う)ように。

 

2(2)諸々の法(事象)は、意を先行(の因)とし、意を最勝(の因)とし、意をもとに作られる。もし清らかな意で、あるいは、語り、あるいは、為すなら、そののち、彼に、楽しみが従い行くーーー影が離れないように。

 

ダンマパダ(1) (2)

正田大観先生訳

 

中村元先生、スマナサーラ長老は「意」の部分を「心」と訳してました。

私の勝手な解釈ですみませんが「楽しみ」は「幸福」のことだと思います。

 

どんなことでも、先に心が先導し、事象が起こり、語り、あるいは、為す。

その心が不善だと、その結果は悪いでしょうね、悪いことがつきまとう、ということです。

 

不善の心だと、牛の足跡に車輪が付き従うのですね。

なんだか、重苦しい感じがします。

でも牛車を切り離せば軽くなります、軽くなる可能性があるということです。

 

清らかな心(無明のない)で事象が起こり、そして、語り、あるいは、為す。

その結果は幸せになる、ということです。

影のように付き従うとのこと、軽やかですね、そして,自分から離れることはありません。影なら確実ですね。

 

心のことがいきなりダンマパダの巻頭に書かれています、それだけ仏教では「心」が一番重要ということです。

 

次回「心所52」の勉強が楽しみです。

 

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アビダンマ復習 瞋根心について

「貪瞋痴」の「瞋」は、よくいう「怒り」のことです。

 

仏教では「怒り」をテーマに数えきれないくらいたくさんの本が出版されていますが。

でも、アビダンマでは、「瞋」の分析結果は、たった二つです。

 

瞋根心の場所になります。

瞋根心2は、まず心89は、欲界心54、色界心15、無色界心12、出世間心8があります、さらに欲界心54には、不善心12、無因心18、浄心24、があります、さらに不善心12は、貪根心8瞋根心2、痴根心2になります。

 

本当に下記の二つしかありません。

「憂倶瞋恚相応無行」

「憂倶瞋恚相応有行」

 

 

分解すると

「憂倶」

「受」のひとつです

「受」は

3つだと「受、苦、不苦不楽」

5つだと「楽、苦、喜、憂、捨」

 

「受」の中でも、なぜか「憂」のみです。

憂は、憂いです、憂いは、「暗い心」

 

次は「瞋恚相応」

相応もいろいろあるのですが、なぜか「瞋恚」のみ

「瞋恚相応心」の起こる原因として、テキストでは。

①瞋恚の性質を持っていること(本来、瞋恚の性質を持っている人は容易に腹を立てる)

②人柄が軽薄であること(軽薄な人はたびたび、腹を立てては悲しむ)

③知識の狭いこと

④不好所縁を所縁とすること(気に入らないものとの出会い)

 

 

 

「憂倶瞋恚相応無行

「憂倶瞋恚相応有行

上記の二つの違いは「行」よる分類のみ、「無行」「有行」のみ

「無行」とは、自分から自律的にやること、行為としては強いです。

「有行」とは、他律的、人から勧められること、他人からの働きかけ、弱いです。

 

ここから、怒りの原因をあげると

暗い心、瞋恚の性質、人柄が軽薄、知識が狭い、気にいらないもの(こと)との出会い。

あと、先生から「非如理作意」という言葉もいただきました。

不善の心の原因は「非如理作意」、怒り原因も同じとのこと。

スマナサーラ長老は法話で「非如理作意」を「妄想」と言ってました。

「ものごとをありのままに」見ていない、ということになるのでしょうか。

 

ものごとをありのままに見ていない、暗い心、瞋恚の性質、人柄が軽薄、知識が狭い、気に入らないもの(こと、ひと)との出会い。

 

自分に当てはめると、これだけで、十分あてはまりますので、怒りながら生活してます。

 

やばいのは、怒りの原因が外にあるのではなく、ありのままに見ようとしない自分の中にあるということです、だからあらゆることに怒ってばかりいます。

 

まだまだ、アビダンマの入り口付近で右往左往しているところです、こうやって、分類、分析、数字で仏教を見るのも面白いです。

 

西澤先生、ありがとうございます。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

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鈴木一生様ご逝去

平成29年7月19日、鈴木一生様がご逝去されました。

心より哀悼の意を表します。

 

お会いしたことはありませんが、日本テーラワーダ仏教協会の初代会長をお勤めになりました。

もし鈴木様がいなかったら、私はスマナサーラ長老に出会えなかったかもしれません、もしくは、出会うのがもっと遅くなったかもしれません。

 

鈴木一生 - Wikipedia

 

wikiに鈴木様のことが掲載されていますが、心に残る箇所があります。

考えさせられる一文です。

テーラワーダ仏教は、何よりもまず優れた出家者を支える在家組織を組織・形成することが重要であり、かつての日本テーラワーダ協会設立(そして現在のマハーカルナー、パオ森林僧院支援)もそのためだという[10]

現在の日本は、明治時代の釈興然以来と言っていいくらい、テーラワーダ仏教を日本に根付かせる絶好の機会であり、スマナサーラとマハーカルナーといった逸材の下に、本物の修行者を育て、下の世代につなげていけば、三宝の守りが得られて日本は安泰だという[14]

 

優れた出家者を在家が支える、そのための組織を作った、という功績があります。

 

優れた出家者のために在家もがんばる。

仏教の実践のために、基本的なことです、あたりまえのことです。

在家として、とても見習うことが多いです。

 

下記、スマナサーラ長老との共著になります。

上座仏教 悟りながら生きる―今“ブッダ”の英知がこころの支えになる

上座仏教 悟りながら生きる―今“ブッダ”の英知がこころの支えになる

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

第二回アビダンマ基礎講座

上越市の浄聖院様のご尽力で、大阪から西澤卓美先生を御招きして、第二回アビダンマ基礎講座が行われました。

 

テーラワーダ仏教のアビダンマを学べることは、生きていてほとんど巡りあうことはないです、このご縁を大切にして続けていきたいと思います。

 

 

下記にアビダンマ講座のテキストと音声データがあります。

liberi.jp

 

以前、上記のテキストと音声データをダウンロードして、独学しようとしましたが、挫折しました、やはり、これは先生から教わる教えです。

 

わからないことは、その都度質問しながら、進んでいくほうがいいです。

 

日本でアビダンマに詳しい方は、ほとんどいませんので、西澤先生にお会いできること自体が稀です。

 

参加者5名、わからないことがあったら、その都度、質問して、先生から丁寧な説明をしていただき、ちょっとづつ進みました、それでも、5時間みっちり勉強しました。

 

勉強した部屋です

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お釈迦様の教えは論理的でムダがなく、その項目と数字でまとめることができます。

というか、お経を読んでまとめたお坊様がいらっしゃったのですね。

 

例えば、心は分類すると89種類あって、善21、不善12、無記56


以上のように分けることができ、たとえば、自分が目指すべき心の状態や、捨てるべき心が、非常に明確にわかります、これだけでも学んだ価値があります。

 

仏教を、また別の見方で考察することができる、非常に良い機会です。

 

第3回目も楽しみです。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

題名とプロフィールを変えました。

以下の通りプロフィールを変えました

テーラワーダ仏教をいろいろ考えるおっさんのメモです。 テーラワーダ仏教的に正確でない記述があるかもしれません、全ての文責は私にありますので、お気づきの点があれば、ご指摘ください、再度、調べてご返事します。

 

テーラワーダ仏教を知って10年、自分なりに調べるうちにテーラワーダ仏教が改変なく、現在まで伝えているという確信を得たので、題名を変えることにしました。

 

仏教は、学問みたいに概念、観念、理論もありますけど、それを勉強して、自分の苦しみがちょっと減れば効果あったのでしょう、でも勉強しても、何も変わらければただの「仏教読みの仏教知らず」です。

 

仏教読みの仏教知らず」になりたくないので、テーラワーダ仏教を実践しながら、ここに記録メモをします、あと仏教の勉強サークルをしていますので、このブログは自己紹介の役割もあります。

 

と、書きましたが、内容は大きく変わらないと思います。

 

それにしても、理解するまで「10年」はかかりすぎなんじゃないの、と自分でも呆れています。

ドンくさいです。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。