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おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

一日一話

嫌なことを言う人が苦しんでいる

「一分で読むブッダの教え」より 人が嫌がらせを言っているときは、その人は怒っています。あるいは嫉妬しています。無智のために、とにかく落着きがなくなって声を出しています。その人が自分自身のストレスを、自分自身の心に中にある苦しみを、言葉として…

母の前では子どもで甘える親孝行

「一分で読むブッダの教え」より 我々は世間で何者であっても、どんなに偉くなっても、母親の前では子どもです。それが親孝行ということなのです。 ですから、素直に母親の前ではしっかり子どもに戻りましょう。甘えたりするのが一番いいのです。お母様は大…

心のせいで体が犠牲になる

「一分で読むブッダの教え」より 「イワシは安いから食べない」とずっと言ってた人が、テレビで「イワシは健康にいい」と言ってるのを見て、毎日、イワシを食べるようになる。しかし、しばらくすると、また「やっぱり口に合わない」と見向きもしなくなる。か…

病気のときの気づきを大事に

一分で読むブッダの教えより 我々は健康なときには、悪い性格が表に出ないようにしていますが、病気になると、わがまま、不満、不親切、人と仲良くできない、雰囲気を悪くする、人に当たるなど、いろいろ嫌な性格が表に出てくるものです。その機会をうまく捉…

「巧みな人」とは

ブッダの教え一日一話より 「巧みな人」とは、仕事でも何事でも、どれくらい無駄を減らせるのか、短い時間でよい結果を出せるのかという能力、テクニックをもっている人のことです。 こう書くと仕事を連想しそうですが、仕事も巧みになることも大事ですが、…

傾いた基礎

「ブッダの教え一日一話」より 人を恨み、人の過ちを許せない人は、心が育ちません。 「許さない」という心は、土台が傾いているようなものです。 傾いた土台の上に建物を作れば、そのまま傾いて、いつか壊れてしまいます。 だから、恨みはさっぱりと捨てる…

幸福を求めて不幸になる

「一分で読むブッダの教え」より 無智な生命は、刺激を受けることは楽しい、幸福なことだと勘違いして刺激を追い求めます。けれども刺激が欲しいというのはわがままです。 刺激が欲しければ、刺激をくれる六つの器官、眼・耳・鼻・舌・身・意に頼らなくては…

何でも笑いの原因

「一分で読むブッダの教え」」より 気楽に生きる人にとって、世の中で何が起こっても、それは冗談や笑いの原因であって、悩みの種ではありません。 出家している我々にとっては、もう何が起ころうが、すぐ笑えます。「あっ、大変だ。どうしてこんなことが?…

幸福感は楽や辛さでは量れない

「一分で読むブッダの教え」より 「幸福」とは何でしょうか? 第一に「不満がないこと」が幸福だと言えます。 ご飯を食べてもあまり満足できないのであれば、幸福とはいえませんね。満足できれば幸福を感じるでしょう。それはおにぎりを食べることが幸福なの…

ほめながらしつける

「ブッダの教え一日一話」より しつけとは、世の中でしっかり生きるために何を学べばいいかと、一つひとつ教えてあげることです。子どもは何も知らないのだから、「これはこういうふうにやるといい」とやり方を教える。 「それはまちがっている」と怒れば、…

子どもは宇宙人だと思って育てる

ブッダの教え一日一話」より 子育てするとき、自分のもの、自分の子ども、という思いが入ると、かなりのストレスになります。 子どもは自分のものではありません。むしろ「宇宙人だ」と思ったらいいいのです。 宇宙人だから」、この地球のことは、何ひとつわ…

自己犠牲も間違い

「ブッダの教え一日一話」より 自己主張が強いと、あちこちでトラブルが起きます。あまりに自分のことばかり考えて生きていると、生きづらい環境をつくってしまうのです。 逆に人の世話をすることがカッコいいとも思わないほうがいいのです。 自分のことさえ…

我が強すぎる人

ブッダの教え一日一話より 自我という代物が、苦しみの原因にひとつになっています。それは「自分が偉い」という思考から発生します。 我が強すぎると、何事もうまくいきません。学校ではいじめられるし、会社に行っても苦労します。 競争社会の中では、衝突…