おっさんの仏教メモ

テーラワーダ仏教をいろいろ考えるおっさんのメモ

無常の反対語は常住? 単純に相反するもの?

ある学者が無常と常住のことを言っていたけど、そんなに単純な話なのでしょうか?

 

 

「みーんな生きとし生けるもの 下巻」より

 

同じように、俗世間では、「無常」を語るために「常住」を捏造するのです。「変わる」を語るために「変わらない絶対的な何か」を捏造して、それと区別する。知識で無常をつかまえようとする。「比較して差異を見出す」という知識のやり方そのままなのです。

しかし、本当は「変わらないなら存在しない」こそが真実であって、常住・常有などありえない錯誤です。ですから、間違った「常住」と比較して捏造する「世間の無常」もまた、間違いなのです。仏教の語る無常を俗世間の知識でとらえることは不可能です。世間で言われている無常と、仏教で教える真理としての無常とは次元が違うのです。

「この花は美しい」と「私」が決めても、「私」は常に変化するので基準になりません。他の人が「この花は美しくない」と反論することも、当たり前にあります。知識は人によってばらばらなので、互いにぶつかってしまうのです。

「私」が「永遠に変わらない常住」と比較して「世界は無常だ」と言ったところで、同じ構図になるだけです。世間の無常は成り立ちませんし、普遍性もありません。

仏教的な無常とは、「自分という基準」が破れたところで発見するものです。並大抵な智慧では知り得ない、一般の知識レベルを超越した出世間的な真理なのです。

 

無常は難しい話なので、長老の文章もギリギリ詰めた表現になっていますが、本自体はわかりやすい内容です、なによりも動物たちの写真が嬉しいです。

上巻、下巻があります。

 

みーんな生きとし生けるもの! 〈上巻〉

みーんな生きとし生けるもの! 〈上巻〉

 

 

 

みーんな生きとし生けるもの! 〈下巻〉

みーんな生きとし生けるもの! 〈下巻〉