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おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

仕事 イコール 生きること

仕事というと会社の仕事を連想しますが、仕事=生きること です。

 

朝きちんと起きるのも仕事、顔洗うのも仕事、歯を磨くのも仕事、きちんと朝ごはんを食べるのも仕事、呼吸するのも仕事、赤ちゃんをあやすも仕事、赤ちゃんがお母さんに微笑みかけるのも仕事、赤ちゃんが泣くのも仕事、介護するのも仕事、介護される側も仕事があります、病気になっても仕事はあります、ゴミを出すのも仕事、家の掃除も仕事、子どもと遊ぶのも仕事、学校の勉強も仕事、お風呂そうじも仕事、友人との楽しい語らいも仕事、家族と一緒にいるのも仕事、子どもを育てるのも仕事。

 

どの仕事もとても大切、仕事に勝手な価値をつけるな、という話になります。

 

「一生、仕事で悩まないためのブッダの教え」より抜粋

第4話

「お金を稼ぐ」ことだけが仕事ではない

 

赤ん坊だって、動物だって、昆虫だって、働いている

 

何のために働くのか。

そんな質問をたまに受けます。

しかし、私に言わせれば、そんなことを考えること自体、「病気」に冒されているようなもの。まったくおかしな話です。

仕事の持つ「本当の意味」を知らないから、そんなことで悩むのでしょうね。

多くの人は「働く=お金を稼ぐこと」、「仕事=商売」だと思っています。

毎日、会社に行って、上司から与えられた作業をする。そして給料をもらう。これが仕事だと思っています。

しかし、それが本当に仕事なのでしょうか?

 

そもそも「仕事」とは、そんな狭い意味のものではありません。

会社へ行って働く。

これもたしかに仕事ですが、家で洗濯や掃除をするのも、当然仕事。その他、生きるために行っている行為はすべて仕事です。

お金を稼ぐ行為だけが仕事だなんて、狭く、つまらない考えです。

 

動物だって、昆虫だって、もちろん仕事をしています。

ミミズが生きていくとき、誰かが食べ物を口に突っ込んでくれるでしょうか。

そんなこおとは絶対ありません。自分で働いて食べ物を探し、自分の力で食べなければ生きていけない。

 

これが、働くという行為の本来の意味です。

 

ですから「何のため?」という問いに無理矢理答えるとするなら、それは「生きる」ためです。

 

ところが人間は「働く」とか「仕事」」というものを、勝手にややこしくしています。

 

元来、仕事とは呼吸のようなもので、やらなければ生きていけない。ただそれだけのことです。

 

「何のために働くのか・」を改めて考えてみるなんて、ナンセンス。

そんなもの、いくら考えたって無駄なのです。

そんな悩みを持つ人は「なぜ、呼吸するのか?」「なぜ、食べるのか?」にもついても悩まなければならなくなります。

どう考えても、おかしな悩みでしょう?

人は生まれた瞬間から死ぬまで、一生休まず、働かなければいけません。

それが生きることだからです。

赤ちゃんは小さな足で蹴っ飛ばしたり、お母さんの髪の毛を引っ張ったりして、必死に自己主張しますね。

それこそが、赤ちゃんの生きるための仕事だからです。

どんな人にも、生きるための仕事があります。

そして、その仕事には、休みも理由もありません。

「なんのために働くのか?」と思い悩んでいる人は、何よりもまず、「仕事の本当の意味」を理解してください。

お金を稼ぐというのは、「本当の仕事」のうちのほんの一部。

物事の一部を見て、それが全てだと思うのは、大きな間違いですよ。

抜粋終わり

 

たまに、失敗する仕事もありますが、くよくよしないのが仏教徒