おっさんの仏教メモ

テーラワーダ仏教をいろいろ考えるおっさんのメモ

慈悲の実践(フルバージョン)

慈悲の冥想は知られていますが、慈悲の実践(フルバージョン)は、あまり知られていないかもしれません。

 

かなり長いです。

 

でも、自分の気に入ったフレーズを勉強するだけでも、ためになるではないでしょうか?

 

おっさんにも気に入ったフレーズがありました

「私は今ここで、するべきことに集中します」

 

いつもするべきことをしないのでイヤになります。

ヴィッパサナ―冥想をするとテキメンに、するべきことをやろうとしない、自分に出会います、そういった自分を感情を入れずひたすら観察ですね。

 

「みーんな生きとし生けるもの! 上巻」より

私は今ここで、するべきことに集中します

 

生きるためには「カント」より「トンカツ」

 

知識は開発することが可能です。人間はもちろんですが、動物にもある程度は可能です。犬はドアを開けて部屋に入ってくることを覚えます。ドアを閉めることは犬には必要ないから覚えません。猫にエサの後片づけは覚えさせられません。好きなように食べてさっさと遊びに行ってしまいます。

つまり動物は必要な知識しか覚えないのですね。

その点、人間は必要のない知識もどんどん覚える変な生命です。

最もたる例は哲学です。とびきり難しい学問ですが、必死に勉強しても頭でっかちになるだけで、その挙句、まわりと仲良く生活できなくなってしまいます。家族と世間話もできなくなります。「スーパーで佐藤さんに会ったので、安売り情報を交換した」と奥さんが話しても、カントを知っている旦那さんには、バカ話にしか聞こえないのです。

 

生きていくには、カントよりトンカツのほうが大切です。「いつも三百円のトンカツが百五十円だったから2枚買った。二十枚限定で大変だった」という奥さんのほうが正しいのです。こういう知識は生きることに直結しています。カントより百五十円のトンカツのほうが、よほど重要なのです。「カント?何それ」と言われても仕方ないでしょう?

 

カントって、詳しく知りません

wikiを読んでみましたが、よくわかりませんでした

イマヌエル・カント - Wikipedia

この哲学は、自分の役に立って、周り人々の役に立って、すべての人々の役に立つのでしょうか?

 

とりあえず、家族のみんなが喜ぶトンカツのほうがいいです。

 

どうして人間は、大事なことをやらないで、どうでもいいことばかりするんんでしょうか?

 

慈悲の実践(フルバージョン)は下記の2冊が詳しいです。

 

 

 

 

 

なぜか協会のHPに慈悲の実践(フルバージョン)が掲載されていません、下記抜粋しましたので、読んでみてください。

 

かなり長いです。

 

釈迦牟尼仏陀の世界 聖なるこころを体験しましょう

 

                        アルボムッレ・スマナサーラ長老

 

「慈悲の実践」のフルバージョンを紹介します。いままで皆様がたが実践してきた慈悲の冥想は、慈悲喜捨の気持ちを凝縮した省略バージョンです。それは誰にでも簡単に暗記できる「慈悲の携帯バージョン」です。慈しみの実践をするたびに、こころがその影響を受けて、変わっていかなくてはいけないのです。慈悲の実践は、人間を優れた人格者に育てるための方法なのです。慈悲の省略バージョンを実践することで、人格が変わって幸福になった人々はたくさんいるようです。同時に、慈悲の実践のインパクトを感じていない方々もいるのです。

 

そこで、こころに確実に影響を与えることを狙って、慈悲の実践のフルバージョンを作成してみたのです。経典でお釈迦さまが慈悲について語られているところを沢山参考にしたのです。パーリ語のフレーズは、直訳してみてもうまく通じないところも出てきます。そのような箇所を日本語で通じるように編集しなくてはいけないのです。そこは私の能力が及ばないところなので、自信はありません。何とかまとめられた、という気持ちです。これから皆様の意見も聞いて、さらに文章を編集したいと思っているのです。

 

慈悲の気持ちを経験してほしいのです。体感してほしいのです。こころにインパクトを与えて、こころを変えてほしいのです。こころは洗脳しやすい、脆いものです。人間のこころは貪瞋痴で汚れているのです。我々のこころは世間の貪瞋痴のこころによって洗脳されているので、たいへん不幸な人生を過ごさなくてはいけなくなっているのです。慈悲の実践で完全に清らかなこころを育てるのです。世間の波に左右されない、汚れたこころで、迷信で、脅迫で洗脳されない、安定したこころを育てるのです。こころを治せば、人生は奇跡的に変わります。人生における本物の奇跡とは、慈悲です。それを体感してみると、「慈悲は奇跡だ」と各自で発見するに違いありません。

 

以下、紹介する文章を自分のこころで感じながら、念じてみてください。自分の好きな節にあわせて唱えてみてください。これは慈悲のフルバージョンなので、すべてを唱えるために時間がかかるかもしれません。唱えている最中、自分のこころで感じやすいセットを見つけたならば、繰り返し三回くらい唱えてみてください。すべての言葉を三回唱えることを考えると、時間がかかるかもしれませんが、しっかりと慈悲の冥想をしたことにはなります。

 

忙しいときは、自分の気に入ったセット一つ二つを選んで、唱えることもよいのです。何日か実践してみると、自分が一番気にいるフレーズが見つかるのです。それが自分専用の慈悲の冥想になります。

 

ヴィパッサナー実践以外の冥想は、基本的に何かのフレーズを唱えることで成り立つのです。このフレーズが自分の性格に合わない場合は、冥想は進みません。自分特有の慈悲の冥想を発見したら、それをしっかりと、こころに携帯してください。自分のモットーにしてください。毎日、幸福に生きられるようになります。予測できなかった出来事に遭遇しても、ものの見事に正しく対応できるようになります。怒り・嫉妬・落ち込みなどの感情が消えて、微笑んで生きられるようになります。自我の錯覚がじわじわと消えてゆくことを経験できます。ブッダの説かれた世界は、幸福に満たされた世界であることを発見します。

 

【慈悲の実践】フルバージョン

 

☸私は幸せでありますように

 

・私は幸せでありますように。

・私の心に現れる悩み、苦しみが徐々に消えていきますように。

・怒り、嫉妬、憎しみの感情は人の心を苦しめます。

・苦しみである怒り、嫉妬、憎しみが、私の心に起こりませんように。

・怒り、嫉妬、憎しみの妄想を育てないように努めます。

・私の思考が慈しみの思考になりますように。

 

・私は「物事が常に変化して消え去るものである」と観察します。 ]

・私は過ぎ去った出来事に囚われないように精進します。

・私は将来のことに執着して悩まない、不安にならない人間になります。

・私は今ここで、するべきことに集中します。

 

☸私に、他者に対する慈しみの気持ちが現れますように

 

・私に、他者に対する慈しみの気持ちが現れますように。

・他者に対して、優しい心で対応することができますように。

・私のこころに、他を差別する気持ちが現れませんように。

・苦しい状況に遭遇しても、忍耐することができますように。

・私のこころが、常に平安でありますように。

・私のこころの汚れが、徐々になくなりますように。

 

・私に、ありのままの事実を発見することができますように。

・私に、真理を発見する智慧が現れますように。

・私に、一切の現象に対する愛着がなくなりますように。

・私に、悟りの光が現れますように。

 

☸全ての生命は兄弟

 

・私は、全ての生命が私の兄弟であると思えるように精進します。

・私は、全ての生命と私が平等であると思えるように精進します。

・私は、全ての生命の幸福と繁栄を期待します。

・私は、生命の間で調和が保たれるように精進します。

 

☸私は、釈尊の言葉を念じます

 

・私は、釈尊の言葉を念じます。

・無始なる輪廻のなかで、私の母ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の父ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の兄弟ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の子供ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の友人ではなかった生命はいません。

釈尊の戒めを尊(とうと)んで、一切の生命に慈しみの気持ちを抱きます。

 

・すべての生命は私自身の父・母であると思います。

・すべての生命は私自身の兄弟であると思います。

・すべての生命は私自身の子供であると思います。

・すべての生命は私自身の友人であると思います。

・すべての生命は私自身の家族であると思います。

・すべての生命は幸福でありますように。

 

☸こころは空気のように

 

・空気と空気が何の対立もなく一体になるように、私の慈しみの気持ちが、全ての生命のこころと一体になりますように。

 

・水と水が何の対立もなく一体になるように、私の慈しみの気持ちが、全ての生命のこころと一体になりますように。

 

・太陽の光が、地球の隅から隅まで照らすように、私の慈しみの光が、全ての生命のこころをさまたげ無く照らせるように、制限無く、慈しみを育(はぐく)みます。

 

・東・西・南・北・上・下という六方に住む生命に対して、無限に、とどまること無く、慈しみを育(はぐく)みます。

 

☸心は大地のように

 

・大地は、如何なる清らかなものを捨てても、如何なる不浄なものを捨てても、喜ぶことも嫌がることもありません。

・私も、他の生命の賞賛・非難などを受ける時は、大地のようなこころを保ちます。

・生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

☸皆、業を相続します

 

・全ての生命は、自分の業を相続します。

・自分の業に管理されて生きています。

・各生命が受ける幸不幸は、その生命の業の力によるものです。

・ですから、私は私より豊かな人を見るたびに、

・過去に善行為をした人であると思い、喜びを感じます。

・私より不幸に思える人を見ると、生命は無明のせいで罪を犯すのだと理解し、自分が罪を犯さないようにと気をつけます。

・不幸に陥っている生命に対して、憐れみの気持ちを抱きます。

・協力する、助ける気持ちを起こします。

 

☸エゴの錯覚

 

・「私は他より優れている」と感じることは高慢です。

・「私は他と同等だ」と思うことは同等慢です。

・「私は他より卑しい存在である」と思うことは卑下慢です。

・慢とは、私のエゴの錯覚から起こるのです。

・私は、エゴの錯覚がこころに現れないように、と精進します。

・私は、慢により現れる対立・悩み・争いから離れるように、と精進します。

 

☸苦しむ世界で苦しみなく

 

・世界は欲によって苦しんでいることを観察して、私は欲を控えることに精進します。

・世界は怒りによって苦しんでいることを観察して、怒りのないこころで生きるように精進します。

・世界は嫉妬によって苦しんでいることを観察して、嫉妬のない心で生きるように精進します。

・世界は恨みによって苦しんでいることを観察して、恨みのない心で生きるように精進します。

・世界は物惜しみによって苦しんでいることを観察して、物惜しみのない心で生きるように精進します。

・世界は自我を張るから苦しんでいることを観察して、自我を張らない心で生きるように精進します。

・世界は見栄を張るから苦しんでいることを観察して、見栄を張らない心で生きるように精進します。

 

・世界は一切の現象は無常であると気づかないので苦しんでいることを観察して、一切の現象は無常であると認めて生きるように精進します。

・世界は一切の現象は苦であると気づかないので苦しんでいることを観察して、一切の現象は苦であると認めて生きるように精進します。

・世界は一切の現象は無我であると気づかないので苦しんでいることを観察して、一切の現象は無我であると認めて生きるように精進します。

 

・私のこころに悩みが起こりませんように。

・私のこころに苦しみが起こりませんように。

・私のこころは平安でありますように。

・私のこころに安らぎが現れますように。

・私に悟りの光が現れますように。

 

・Khantī paramaṃ tapo titikkhā  カンティー パラマン タポー ティティッカー ・忍耐と堪忍は最高の修行であります。

 

・Nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ  ニッバーナン パラマン スカン ・涅槃は究極の幸福であります。

 

☸慈しみの拡大

・私の上の方向に住んでいる全ての生命、

・私の下の方向に住んでいる全ての生命、

・私の前の方向に住んでいる全ての生命、

・私の右の方向に住んでいる全ての生命、

・私の後ろの方向に住んでいる全ての生命、

・私の左の方向に住んでいる全ての生命、

・幸福で、安穏でありますように。

・怒り、憎しみ、恨みから自由になりますように。

・互いに慈悲喜捨の気持ちで接しあえますように。

・願いごとが叶えられますように。

・心の汚れが徐々になくなりますように。

・すべての生命に、苦しみを乗り越えることができますように。

 

◎パティパダー2015年12月号掲載原稿

~生きとし生けるものが幸せでありますように~