おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

箭経 サッラスッタ 死の見かた(2)いたって当たり前な「死」

箭経はまだまだ続きます

箭経 サッラスッタ PDF

http://gotami.j-theravada.net/sallasutta.pdf

 

お釈迦様は「死」に関して、いたって、あたりまえのことをおっしゃります。

 

『業 / 苦 / 死』より引用

 

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生まれた者が死なずにすむ、その手立ては何もなし。

「老いて老いて、死に至る」。生きるものにはこのきまり。

 

なんの方法もないのです、生まれた人が死なずにすむ方法などは。

誰でも老いて死にます。それが命あるもの、生命の法則です。これは従うしかない「法則」なのです。老いて死に至ることを免れる方法はありません。

これはごく単純な理屈です。少しも難しくない、まったく当たり前のことです。問題は、こんな当たり前のことなのに、我々の心の中には何か「絶対それだけは認めてやらないぞ」という気分があることです。

死を免れる方法は絶対にない、どうせ死ぬ、とみな知っています。それなのに、心のどこかで、堂々とそれを否定するのです。笑えるほど無智なことではありませんか。そのような無智な願望はなんとかしてください、老いて死ぬ、これは当たり前のことですよ、とお釈迦様はおっしゃっているのです。

 

 証拠は一切ないのに、他の宗教は死や死後を美化したり、「浄土に行った」「天国に行った」「神に召された」とか言ってます、娑婆よりいいとこなのなら早く死んだほうがいいんじゃ・・。

 

仏教は、楽観的でもなく、悲観的でもなく、事実を厳然と見ています。

 

また、当たり前だと思っています。

 

ほとんどが、どうせ輪廻するので、「たいしたことではない」とも見ています。

 

サッラスッタはまだ続きます。

 

 

アルボムッレ・スマナサーラ法話選1―業/苦/死