読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

物忘れがひどい・・・

日常生活

最近、加齢のせいなのか、物忘れがひどい・・

 

単純に加齢のせいにしてはいけませんね。

 

すごく悩んでいるわけではないです、ただ若いときと違って、あれやこれや覚えれないなあ、と感じています。

 

こんな悩みにも仏教は答えてくれます。

 

なんて仏教は便利なんでしょう、「よろず相談承ります「総合相談所」って感じがします。

 

 

「やめたいことはやめられる」より引用

 

大事なことも、簡単なことも、わりとすぐに忘れてしまうことに悩んでいます。どうすればいいでしょうか?

 

過去や将来にさまようと大事なことを忘れる

別にそれほど悩まなくていいと思います。大事なことを忘れて困っている、という場合は、忘れたのはいま行うべき大事なことでした。ということは、いま、あなたは過去に生きていて、現在に生きていないということです。

 

心が過去の妄想のループに入ってしまえば、誰だって大事なことも、それほど大事でないことも、うっかり忘れてしまうのです。もの忘れとは「過去の幻覚に閉じ込められている人々の問題である」と理解しましょう。

 

物忘れという病気もあります。それは脳の問題です。病気の場合は治療しなくてはいけません。物忘れの症状があるときも、面白いことにその方々は最近のことは忘れるが、過去のことの何かに引っかかっているのです。

 

たとえ若いひとであっても、時間のほとんどを過去か将来に生きることにしてしまったら、いま行うべき大事なことを忘れてしまうのです。それで損をしたり、社会から非難を受けたり、仕事がなくなったり、友達を失ったり、と散々な結果になります。

 

もし人が、いまだけを見て生きることに挑戦するならば、なにも忘れません。忘れるという言葉も成り立ちません。本人はいま、やるべきことをやっているからです。何かを忘れたと気づいた瞬間、過去か将来の何かに心がさまよっていたことになります。ご自分で調べてみてください。

 

「現実はいまの瞬間のみである」という真理を知っている人にとっては、「忘れる」という単語は成り立たなくなります。「妄想」と「忘れる」という二つは、ペアです。現実を妄想することはできません。ですから、現実のみを生きる人に「忘れる」という現象は存在しないのです。

 

いまを生きていない人は死人と同じ

人は、妄想することが癖になっていて、いまを生きていません。「いまを生きていない人は死人と同じである」とお釈迦様は説かれました。過去・将来の妄想にさまよっている私たちは、死人同然なのです。

認めたくない、嫌な言葉だと感じるかもしれません。

死人は「いま何が起きているのか」など、まったくわからないでしょう。過去・将来の妄想にさまよっている人も、いま何が起きているか気づいていないのです。わからなくなっているのです。ですから死人同然なのです。

 

これはお釈迦様の力強い戒めの言葉です。過去のことや将来のことが、つい頭に浮かんで妄想の中をさまよったら、ただちに「いま、私は死人同然だ」と思い出すならば、現在に戻ることができます。

 

いまに目覚めているということが、生きているということになります。いまに目覚めている人は、すごく元気なのです。

常に「いまはどうか?いまはどうか?」と自分に訊いてみてください。そうすると大事なことは忘れません。頑張ってみてください。

 

やばい、私は死んでます。

いまの自分に気づく訓練ですね。

仏教はひたすら訓練(実践)です。

 

 

 やめたい悪習慣のあるひとは必読です 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

生きとし生けるものが幸せでありますように。

やめたいことは、やめられる。

やめたいことは、やめられる。