おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

他人の過ちを赦せない人が多すぎる

人間は完全ではないので過ちをします。

 

人間は勝手なので、自分の過ちには寛容でも、他人の過ちを赦せない人もいます。

 

私は、過ちを一切おこさない完全な人間ではありません、だから自分が受けた他人の過ちに、どう対するか。

 

赦すしか、ないのですね。

 

完全ではない人間には、他の選択肢は無いのですね。

 

それとも「赦さない」という選択をしますか?

 

自分のことを棚にあげて「赦さない」はあり得ない。

 

「苦を乗り越える宿題 怒らない、落ち込まない、迷わない」より

 

人間は誰しも間違いを犯します。あなたも、私も、例外ではありません。それなのに、他人の過ちを赦せない人が多すぎるとは思いませんか。

聖書に次のようなエピソードがあります。

イエス・キリストのもとに、一人の女性が連れてこられました。連行してきたユダヤ教徒たちは、「この女は姦淫の罪を犯したので、戒律に従って石で打たれて殺されるのだ」と説明しました。当時のユダヤ教には、不倫した者は石打ちの刑に処せられるという決まりがあったのです。ユダヤ教徒たちから、「あなたはこの女をどうするべきだと思うか」と聞かれ、イエスはこう答えます。「では、罪を犯したことがない人が最初に石を投げてください」

これを聞いた人々は誰一人として石を投げられず、女性は死なずにすみました。

私は仏教徒ですが、キリスト教のこの教えは大変な真理だと思います。私たちは誰しも不完全な罪人です、ゆえに本来、他人の過ちを責めたり、裁いたりする権利など持ち合わせていません。「悪いおこないをしたやつには何をしてもいい、殺してもかまわない」などという考えは明らかに間違っています。

中略

誰でも失敗します

だからどこまでも

赦してください。

たとえ自分が被害を受けても、

相手を赦そうという気持ちを忘れない。

 

 

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とても平易でわかりやすく書かれています、でも言っていることにブレはありません。 

平易でも、よく読むと、やっぱり長老の文章です。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

生きとし生けるものが幸せでありますように