おっさんは仏教徒

お釈迦様の教えは宗教ではありません、調べて、確かめて、実践する教えです

善友からいただいた法話 続き

スマナサーラ長老の法話

ヴィッパサナー冥想(業・善行為)より

 

前略

それで、我々は例えば幸福になる運命で生まれてもうまくいかないんですね。で何故かというと、心 基本的に汚れちゃうと幸福になる場合でもうまく行かないんですよ。

例えば、お饅頭をくれると、自分が仕事をしていて手が泥だらけで、自分の手が汚れたまんまで、「はい。どうぞー」と手で取っちゃうともう汚れているんだからね。くれたのは本当に立派なお饅頭かもしれませんけど、これをもう食べられないんですね。あるいは、泥と一緒に食べる羽目になっちゃうんですね。それはどういうことかというと、手が汚れていたんですね。だからおいしいお饅頭を食べることができたのに、その人は汚れたお饅頭を食べちゃったんです。逆だったら、心が綺麗だったら、手がすごい綺麗だったら、なんのことなく、お饅頭をそのまま手に取って食べることはできるんです。

だから我々の心は日常すごい汚れているんだから、もう得るべき権利にある幸福さえもろくに受けないということがあるんです。

そういうわけで、基本的に心は清らかにしたほうが自分に資格のある、得る権利のある幸福をしっかり受けたりすることができるし、不幸になることは、ほとんどインパクトをすごくやわらげて気にもしない程度にすることもできます。

 

 

引用元です

http://housen.main.jp/bukkyou/2008_10_19-housenji_howa.pdf

 

 

昨日の続きです。

 

心をきれいにしていれば、受けるべき幸福を得ることができる、受けるべき苦も、インパクトを和らげることができる。

 

心をきれいにするためには、五戒を守り、慈悲の冥想を実践して、ヴィッパサナー冥想を実践して、不貪、不瞋、不痴に励むということです。

 

人生で損失を被りたくないので、美味しいお饅頭を得たいので、仏教徒の実践はとても大切です。

 

とてもいい法話をありがとうございました。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。