おっさんの仏教メモ

テーラワーダ仏教をいろいろ考えるおっさんのメモ

学ぶことの落とし穴―脳がロックされてしまう

善友から、まだ読んでいなかった本を紹介されました。

わかりやすく、とてもいい本だということで、いま読んでいるところです

 

スマナサーラ長老の仏教塾

スマナサーラ長老の仏教塾

 

 

ここに、こどもについての記述があったので引用します

 

学ぶことの落とし穴―脳がロックされてしまう

 

―子どもは、みんな幼いころはすごく明るいですね。なにがってもニコニコしています。なかなか落ち着かなくて、いつも元気いっぱいです。でも成長していくと、明るい子がいつの間にか暗くなっていきます。小さいときあんなに柔軟だったのに、心はしだいに固くなっていくんですね。どうしてそうなるのでしょうか?

 

学ぶことで、かえって閉鎖的になって心が閉じてしまうことがあります。

それは、学ぶことで脳が「ロック」されてしまうからなんですね。

学校で学んでいく過程で、脳がダメージを受けてしまうからなのです。勉強することで、脳が「ロック」されてしまうからなのです。

 

―はあ、脳がロックされてしまう・・・。もう少し、詳しく教えてください。

 

わたしたちは、なにかやるときには、初めてだとやり方がわからないし、習得するまで、ずいぶんとまどいます。けれども、何度も繰り返していくうちに、脳がそれなりのシステムを作り上げます。

やがてシステムに従って、効率よく自動的に動く回路が出来上がります、そうすると、何も考えずにさっとできるようになる。いわば「機械」のようになるのです。

ただ、ここで問題があります。いつもその回路を使うようになるので、他の回路は使わなくなります。すると、その回路だけに脳か「ロック」されてしますのです。そうなると、新しい回路を作ろうとしなくなります。

新しいものを覚えよう、新しいことにチャレンジしよう、という姿勢がなくなってしまいます。新鮮な学びが消えていくのです。そのなると脳が固くなって、柔軟な心がなくなってしまうのです。

 

 

わたしたちは、いわば「ロボット教育」を受けてきた

―なるほど、脳の回路が固定されてしまうわけですね。そうすると、いまの教育もそういうところがありそうです。子どもたちに、好奇心の芽を育てて伸ばすというものではなくて、教科書にあることを型どおり覚えさる、というわけですから。そうなると、しだいに脳がロックされてしまうのですね、それで子どもたちから明るさが消えていく・・・。

 

 

私たちが受けてきた教育は、いわば「ロボット教育」なんですね。けっして「人間教育」ではありません。人間として、「どう生きたらいいのか」ということは、学校では教えてくれません。

学校教育は「会社でどうするか」という「ワザ」を教えているようなものです。「まじめに効率よく仕事をする機械」のような人間を作ろうとします。それは企業の側からすると、とても生産効率がいいわけです。そういう労働者がたくさんいたほうがいい。

しかも私たちは喜んでそのような機械になろうとします、そうしていつのまにか機械人間のような生き方になってしますんですね。

 

ーそうしたワザとかテクニックは、効率よく仕事をするときには力を発揮しますね。でも仕事を離れたらどうでしょうか?

 

そうした能力は仕事を離れたら使えません。職業を取り上げられたら、生きるすべがなくなってしまいます。自分の満足のいく生き方には、役に立たないものです。

 

いきいきと人生にチャレンジするとき、助けにならないんです。

やっと会社を離れた、お金もある。「さあ、これからどう楽しんで生きていこうか」というとき、すこしも役に立たないのです。だから退職したとたんに生彩がなくなるひとが多いわけです。

定年退職するというのは、この「ロボット人生」」が終わることです。仕事がないとさみしいかもしれませんが、ありがたく思ったほうがいい。いままでの「ロボット人生」に決別して、自分の生き方を自分自身でチャレンジするぞ、と。「人間に戻って生きることを学んでいこう」と、スタートを切るチャンスなのです

 

脳にロックをかけない唯一の方法は、生きることを学ぶこと

ーところで脳にロックをかけない方法ってあるのですか?

 

引用終わり、続きは購入してお読みください

 

 

子どもについての記述かと思ったら、定年退職者にまで言及してました。

私もヤバイですねえ。

 

 

子どもといえば、小学校1年生の子に接する機会がありました。

 

アパートの部屋のドアから、パンツとシャツ姿で、飛び出してきて「ママ、どこなのー」と大きな声で泣いてました。

 

びっくりしました、訊いてみると、両親はちょっと買い物に行くので留守番を頼んだそうですが、寂しさに耐えられず、部屋を飛び出してきたみたいです。

 

しょうがないので、服を着るように言って、部屋に戻らないみたいなので、駐車場で待つことにしました、すわって膝にだっこしたら、だいぶ落ち着いて、名前、通っている学校、いろんなお話をしてくれました。

 

でも、突然「こんなところで待っててはダメだ、さがしにいく!」と言い始めましたが、なだめて、なだめて、待つことにしました。

 

子どもって、100か0ですね、面白いです。

本人は真剣です、大人では考えないことをやろうとします。

最高ですね。

こういったことを、大人になるにつれ、捨てているのか、隠してしまうんでしょうね。

 

20分後くらいに、ちゃんと両親が迎えにきました。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

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