おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

仏教とおしゃべり、今日は茶話会

本日はスリランカのお寺で、善友が集まり、特に目的を決めずにおしゃべり。

 

基本的にお寺は、出入り自由です。

 

お参りしてもいいし、勉強してもいいし、冥想してもいいし、自分のやりたいことをやっていただいければいいです。

 

今回は「茶話会」というのでしょうか・・。

 

「茶話会」というと、お茶を飲みながらお話でもする会なのかな、と思っていたら。

全然違う意味がありました。

政治家の院内派閥の呼称だったんですか?

茶話会(さわかい)

茶話会 - Wikipedia

 

でも、こちらの意味の方が知られています。

「茶菓で談話を楽しむ、肩のこらない集まり、ちゃわかい、ともいう」

そんな会でしたね。

 

近況や、日頃思ってることや、疑問に思ってることや、その他いろいろ。

 

 

おしゃべりを否定しているわけではありませんが、仏教では自分の役にも、他人の役にも、みんなの役にも立たない、どうでもいいおしゃべりは戒めてます。

 

おしゃべりについて。

巻頭法話(221) 自己破壊を招く「おしゃべり屋」

 

日頃の生活では、けっこうムダなおしゃべりをしています、目的もなく、ストレスのせいでしょうか、ただしゃべりたいから、しゃべる、ということもあります、でもしゃべってみたら、「なんの役にも立たんかった」と反省することも多いです、しゃべりたいからしゃべるというのは危険なのでしょうね。

 

もっと危険なのは「心のお喋り」ですね。

hohiさんのHPに長老の法話メモがあります。

心のお喋りはエンドレス — ブッダは沈黙の聖者です

 

 

でも、おしゃべりしてると、たまに、もっともっと勉強している善友から、何かいいヒントをいただくことがあります、日頃、疑問に思うことを尋ねたりするとか、得るものは自分で探さなければなりませんが、茶話会がそのチャンスになることがあります。

 

しゃべるのは上手じゃないので、聞くほうがいいかな。

本日は有意義な茶話会でした。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。