おっさんの仏教メモ

テーラワーダ仏教をいろいろ考えるおっさんのメモ

慈経(メッタ スッタ)を覚える(2)慈経の構造

慈経の構造です

 

第一偈から第三偈前段には、

慈しみを実践する人の心構えが書いてあります。

 

第三偈後段から第五偈には、

慈しみの定義が述べられています。

 

第六偈から第八偈には

慈しみの育て方が書いてあります。

 

第九偈から第十偈には

慈しみの実践の結果「慈しみを実践すれば、このような結果があるので、ぜひチャレンジしてください」という修行者への励まし。が書いてあります。

 

 

また、全体を眺めてみます。

 

 第一偈から第三偈前段「慈しみを実践する人の心構え」

第一偈

 

ラニーヤ マッタクサレーナ

ヤン タン サンタン パダン アビサメッチャ

サッコー ウジュー チャ スージュー チャ

スワチョー チャッサ ムドゥ アナティマーニー

 

(解脱という)目的をよくわきまえた人が、

静かな場所に行ってなすべきことがあります。

何事にもすぐれ、しっかりして、まっすぐでしなやかで、

人の言葉をよく聞き、柔和で、高慢でない人になるように

 

 

第二偈

 

サントゥッサコー チャ スパロー チャ

アッパキッチョー チャ サッラフカヴッティ

サンティンドゥリョー チャ ニパコー チャ

アッパガッボー クレース アナヌギッドー

 

足ることを知り、手がかからず、

雑務少なく、簡素に暮らし、

諸々の感覚器官が落ち着いていて、賢明で、

裏表なく、在家に執着しないように。

 

第三偈

 

ナ チャ クッダン サマーチャレー キンチ

イェーナ ヴィンニュー パレー ウパワデッユン

スキノー ワー ケーミノー ホントゥ

サッベー サッター バワントゥ スキタッター

 

(智慧ある)識者たちが批判するような、

どんな小さな過ちも犯さないように。

幸福で平安でありますように。

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

 

第三偈後段から第五偈「慈しみとはどんなものか?」

第四偈

 

イェー ケーチ パーナブータッティ

タサー ワー ターワラー ワー アナワセーサー

ディーガー ワー イェー マハンター ワー

マッジマー ラッサカーヌカトゥーラー

 

いかなる生命であろうともことごとく

動き回っているものでも、動き回らないものでも、

長いものでも、大きなものでも、

中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、

巨大なものでも

 

 

第五偈

 

ディッター ワー イェーワー アッディッター

イェーチャ ドゥーレー ワサンティ アヴィドゥーレー

ブーター ワー サンバウェースィー ワー

サッベー サッター バワントゥ スキタッター

 

たことがあるものもないものも、

遠くに住むものでも、近くに住むものでも、

既に生まれているものも、(卵など、これから)生まれようとしているものも、

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

第六偈から第八偈 「慈しみの育て方」 

第六偈

 

ナ パロー パラン ニクッベータ

ナーティ マンニュータ カッタチナン カンチ

ビャーローサナー パティガサンニャー

ナーンニャマンニャッサ ドゥッカ ミッチェッヤ

 

どんな場合でも、人を欺いたり、

軽んじたりしてはいけません。

怒鳴ったり、腹を立てたり、

お互いに人の苦しみを望んではいけません。

 

 

第七偈

 

マーター ヤター ニヤン プッタン

アーユサー エーカプッタマヌラッケー

エーワンピ サッバ ブーテース

マーナサン バーワイェー アパリマーナン

 

あたかも母が、たった一人のわが子を、

命がけで守るように、

そのように全ての生命に対しても、

無量の(慈しみ)の心を育ててください。

 

 

 

第八偈

 

メッタン チェ サッバ ローカスミン

マーナサン バーワイェー アパリマーナン

ウッダン アドー チャ ティリヤン チャ

アサンバーダン アヴェーラン アサパッタン

 

慈しみの心を一切世間(すべての生命)に対して、

限りなく育ててください。

上に、下に、横(周り)に(棲むいかなる生命に対して)も、

わだかまりのない、怨みのない、敵意のない心を育ててください。

 

 

 第九偈から第十偈「慈しみを実践すればこのような効果があります、修行者への励まし」

第九偈

 

ティッタン チャラン ニスィンノー ワー

サヤーノー ワー ヤーワタッサ ヴィガタミッドー

エータン サティン アディッテッヤ

ブラフマメータン ヴィハーラン イダマーフ

 

立っている時も、歩いている時も、

座っている時も、あるいは横になっていても、眠っていない限り、この(慈悲の)念をしっかり保っていてください。

これが梵天(崇高なもの)の生き方であると言われています。

 

 

 

第十偈

ディッティン チャ アヌパガンマ

スィーラワー ダッサネーナ サンパンノー

カーメース ヴィネッヤ ゲーダン

ナ ヒ ジャートゥ ガッバセッヤン プナレーティー ティ

 

(このように実践する人は)邪見を乗り越え、

常に戒を保ち、正見を得て、

諸々の欲望に対する執着をなくし、

もう二度と母体に宿る(輪廻を繰り返す)ことはありません。

 

祈願文

 

エーテーナ サッチャ ワッジェーナ パートゥ ノー ラタナッタヤン

エーエーナ サッチャ ワッジェーナ ホートゥ ノー ジャヤ マンガラン

エーテーナ サッチャ ワッジェーナ サダー ソッティ バワントゥ ノー

 

この真理の言葉の力によって、我らは三宝に守られますように。

この真理の言葉の力によって、我らは幸福でありますように。

この真理の言葉の力によって、我らは常に安穏でありますように。

 

 

もともと簡潔なお経なので、構造という言葉はおおげさでした。

 

それにしても、いいことが書いてあります。

 

下記の本をテキストとして参照しています。

 

 最後まで読んでいただきありがとうございました