おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

慈経(メッタスッタ)を覚える(13)第四偈 三行目、四行目 生命って?

 

仏教でいうところの「生き物」ってなんでしょう?

定義はあるの?

慈悲の対象は「生き物」になります。

 

 

第四偈

 

イェー ケーチ パーナブータッティ

タサー ワー ターワラー ワー アナワセーサー

ディーガー ワー イェー マハンター ワー

マッジマー ラッサカーヌカトゥーラー

 

いかなる生命であろうともことごとく

動き回っているものでも、動き回らないものでも、

長いものでも、大きなものでも、

中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、

巨大なものでも

 

 

三行目、四行目です

 

ディーガー ワー イェー マハンター ワー

マッジマー ラッサカーヌカトゥーラー

 

分解します

 

ディーガー

長いものたちであれ

 

ワー

あるいは

 

イェー

およそ

 

マハンタ

大きなものたちであれ

 

ワー

あるいは

 

マッジマー

中間のものたちであれ

 

ラッサカー

短いものたちであれ

 

アヌーカトゥラー

微細なものたちであれ粗大なものたちであれ

 

 

くっつけます

長いものたちであれ、あるいは、およそ、大きなものたちであれ、

あるいは、中間のものたちであれ、短いものたちであれ、

微細なものたちであれ粗大なものたちであれ

 

協会訳

長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、

巨大なものでも

 

 

長いもの

ヘビでしょうか

 

大きなもの

クジラでしょうか

 

中くらいなもの

大きくもないし、小さくもないし、中くらい

 

短いもの

うーん、なんでしょうか?

人間から見て短いもの?

 

微細なもの

現代ならウイルス、お釈迦様の時代なら、ダニとか

 

巨大なもの

やっぱりクジラ?

 

 

生き物って何?という話になりますが、引用します。

物体と生き物の違いを知っていますか?物質についてはみなさん学校で学んでいるから知っていると思います、しかし、生き物との違いについては興味ないでしょう、生き物と物質の違いは、生き物には認識能力がある、ということです。物質にはないのです。

『これでもう苦しまない』より27ページ引用

 

以前、長老の法話で、この認識について、長老は「concious」という単語を使ってました、英語のわかる方、ニュアンス通じますでしょうか?

認識する、知覚する、ということでしょうか?

 

 

 

 

生き物と物質の違いのほかに、生き物と死んでしまったものの違いがあります。

慈悲の冥想は死者を対象にしません

チエリさんのブログより

thierrybuddhist.hatenablog.com

 

 

対比をすると、生き物の特徴がわかります。

 

死体と自分はどう違う?

科学的な定義で知る方法がないものは全てNGです。

「死体は考えない」NGです、知る方法がない答えはNGです。

「死体には魂がない」NGです、これも知る方法がありません。

「死体には心がない」NGです、これも知る方法がありません。

妄想の答えですね。

どれだけ、他の宗教家はこの妄想にまみれているか・・ですね。

科学的にいきましょ。

 

下記引用です

証拠無用の「生きているリスト」

次のようなリストができました、これらの項目には証拠はいりません。

・私は心臓が動いている、死体は心臓が動いてない。

・私は呼吸している、死体は呼吸していない。

・私は泣いたり笑ったりする、死体は泣いたり笑ったりしない。

・私はしゃべる、死体はしゃべらない。

・私は反応する、死体は反応しない。

・私は脈がある、死体には脈がない。

・私は動く、死体は動かない。

・私は体温が一定している、死体は体温がどんどん下がっていく。

・私は食べる、死体は食べない。

ブッダ 大人になる道』 117ページより引用

 

慈悲の冥想の対象が、私なりに分かってきました。

 

お釈迦様は「生きることは苦である」と説いてます。

 

すべての生き物は苦しんで生きているのだから、それだけでも充分、慈悲の対象になります。

 

ただし「生きることは苦である」という言葉に疑問のある方は、どうぞお調べください。

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

 

今回、参考にした本 

これでもう苦しまない (学研新書)

これでもう苦しまない (学研新書)

 

 

 

ブッダ―大人になる道 (ちくまプリマー新書)

ブッダ―大人になる道 (ちくまプリマー新書)