おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

慈経(メッタスッタ)を覚える(15)第五偈 第三行目、第四行目、いかなる生命であろうとも

いかなる生命であろうとも、心を清らかにして、「生きとし生けるものが幸せでありますように」と唱えてみましょう。

 

 

第五偈

 

ディッター ワー イェーワー アッディッター

イェーチャ ドゥーレー ワサンティ アヴィドゥーレー

ブーター ワー サンバウェースィー ワー

サッベー サッター バワントゥ スキタッター

 

たことがあるものもないものも、

遠くに住むものでも、近くに住むものでも、

既に生まれているものも、(卵など、これから)生まれようとしているものも、

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

三行目、四行目、

ブーター ワー サンバウェースィー ワー

サッベー サッター バワントゥ スキタッター

 

分解します

 

ブーター

すでに生まれたものたち

 

ワー

あるいは

 

サンバウェースィー

生まれることを求めるものたちであれ

 

ワー

あるいは

 

サッベー

一切の

 

サッター

衆生

 

バワントゥ

ありますように

 

スキタッター

自ら幸せなものたちで

 

 

くっつけます

すでに生まれたものたち あるいは 生まれることを求めるものたちであれ

 一切の 衆生は 自ら幸せなものたちで ありますように

 

協会訳

既に生まれているものも(卵など これから)生まれようとしているものも

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

正田先生訳

あるいは(いまここに)生類としてあるものたちも、あるいは(未来の)発生を探し求めるものたちも

一切の有情は、安楽の自己あるものたちと成れ

 

 

2種類あります

 

既に生まれたものたち

 

まだ、卵とか、お腹の中に宿っているもの、でもよく読むと、生まれることを求めようしているものたちのことを指しています。

 

「生まれることを求めようしているものたち」

大事なポイントだと思います。

 

お釈迦様は具体的です。

 

 

この2種類の生命のありようにも、心を清らかにして「生きとし生けるものが幸せでありますように」と唱えます、繰り返し唱えます。

 

「生きとし生けるものは幸せでありますように」の原訳は「 一切の 衆生は 自ら幸せなものたちで ありますように」です。

 

「自ら幸せな」がポイントだと思います

何かに頼ることなく、自ら幸せになってください、ということでしょうか?

唱えている私自身も、何かに頼ることなく自ら幸せになりましょう、ということでしょうか。

 

 

 

慈経はすべての生命を示しながら、生きとし生けるものが幸せでありますように、と願いながら続きます。