おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

慈経(メッタスッタ)を覚える(17)第六偈 第三行目、第四行目、これをやるともっともっと慈しみから遠ざかります。

次は「怒り」です、「怒り」があると、慈しみからもっともっと遠ざかります。

 

 

 

第六偈

 

ナ パロー パラン ニクッベータ

ナーティマンニュータ カッタチナン カンチ

ビャーローサナー パティガサンニャー

ナーンニャマンニャッサ ドゥッカ ミッチェッヤ

 

どんな場合でも、人を欺いたり、

軽んじたりしてはいけません。

怒鳴ったり、腹を立てたり、

お互いに人の苦しみを望んではいけません。

 

第三行目、第四行目

ビャーローサナー パティガサンニャー

ナーンニャマンニャッサ ドゥッカ ミッチェッヤ

 

分解します

 

ビャーローサナー

忿怒することから

 

パティガサンニャー

敵対の想いあることから

 

ナーンニャマンニャッサ

お互いの

 

ドゥッカ

苦しみを

 

ミッチェッヤ

求めないように

 

くっつけます

忿怒することから 敵対の想いあることから お互いの 苦しみを 求めないように

 

協会訳

怒鳴ったり、腹を立てたり、

お互いに人の苦しみを望んではいけません。

 

 

テキストで、長老は、カーッとくる怒りより、タチに悪い怒りは、心の中で粘っこい怒りがゴチャゴチャと回転していて、心を直して明るくなってくれない、そうやって心の中に残って決して消えない怒りというのは、たいへん危険です。とあります。

 

以前、アビダンマで瞋根心(怒り)について勉強しました。

怒りの原因を下記の通りまとめました

暗い心、瞋恚の性質、人柄が軽薄、知識が狭い、気にいらないもの(こと)との出会い。

 

以前、勉強したアビダンマです。

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

「暗い心、怒りの性質」があると、ずっと怒りを手放さずに持っているんでしょうね。

 

人間関係や、自分の能力を、自分から壊していくんでしょうね、ちょっとずつ蝕んでいくものがやはり一番怖いです

 

 

次は人の苦しみを望まないこと。

 

例えば、自分に危害を加えた人に「この怨みは忘れないぞ」というのはNGです。

また、自分に危害を加えた人が、重い病気になって苦しんでいる、それに対して「ざまあみろ」というのもNGです。

 

そう感じただけ、そう思っただけでもNGです。

 

自分は弱い人間なので、ひどい目に遭ったら、その人に対して、慈しみの心でいられるかどうかはわからないかもしれません。

 

でも、なんとか、怒りの心から離れないと、慈教を唱える資格がないし、仏教徒でなくなってしまう。

 

第六偈は、慈しみから遠ざかることを徹底的に説いてます。

中途半端ではないですね。

 

仏教徒の道は険しいです。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。