おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

自主勉強会 「疑」について

本日は法友と自主勉強会

 

朝からかなり雪が降っていましたが、時間通り開始です。

 

パティパダー1月号、2月号を持参してきました、主に1月号を開いて音読とディスカッションです。

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「智慧の扉」 「疑」とはなにか?

音読して、そのあと、談話です。

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「疑」とは、一般的な知識への疑問とか、そういった意味ではないです。

 

アビダンマでは、無知の3セット「昏沈、睡眠、疑」のひとつです。

 

アビダンマの解説では

疑は「疑い」です。でも一般的な「疑い」というよりは、「なにもはっきりわからない鈍さ」なのです。しっかりとした情報や論理や理屈も根拠もなく、ただ「私は信じませんよ」とか、そういういい加減な気持ち悪い概念、考え方なのです。

中略

疑が入ったら、その人は修行できません。見ざる、言わざる、聞かざるのように、もう自分でこころに鍵を掛けてしまっているのです。ですから疑(ヴィチキッチャ)は、不善(アクサラ)です。

 

 

心の問題です。気持ちの悪い心の在り様ですね。

 

 

次は、「新年祝福法話・新年を祝して・幸福を理解しないと幸福にならない」

これを音読し、センテンスごとに会話します。

 

次は「釈尊の教え・あなとの対話」この中から、自分にとって身近なものを選び、音読して会話です。

 

 

パティパダーは毎月送られてくる月刊誌です、毎月しっかり読んでいますか?というと自信がありません、忙しさにかまけて手抜き読みです。

 

今日は、みっちりパティパダーを音読しました。

薄い本ですが、内容はかなり濃いと、改めて実感しました。

これからも法友と勉強する機会を継続していきたいと思います。

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