おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

悪いことはしない、と思いたくなる話

長老の新刊が出ました。

今まで、対談本とか、ちょこちょこ出てましたが、この本は、慈悲の冥想のフルバージョンの説明と思いきや、やさしいわかりやすい表現ながらも、むずかしい仏教のエッセンスをしっかり伝えてる本です。

 

むずかしいことをむずかしい言葉で表現するよりも、むずかしいことをやさしい平易な言葉で表現することこそ、すごいんですよね。

 

久しぶりにすごみを感じた本です。

 

慈悲の瞑想〔フルバージョン〕――人生を開花させる慈しみ

慈悲の瞑想〔フルバージョン〕――人生を開花させる慈しみ

 

 

 

 

これまでも慈悲の冥想の本はあります。

 フルバージョンの説明でしたね。

みーんな生きとし生けるもの! 〈上巻〉

みーんな生きとし生けるもの! 〈上巻〉

 

 

 

みーんな生きとし生けるもの! 〈下巻〉

みーんな生きとし生けるもの! 〈下巻〉

 

 

 

それについても以前、書いてましたね。

oldmanbuddhist.hatenablog.com

 

 

 

 

本題に戻ります。

 

慈悲の冥想フルバージョン、チャプター4の話です。

・私は、釈尊の言葉を念じます。

・無始なる輪廻のなかで、私の母ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の父ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の兄弟ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の子供ではなかった生命はいません。

・無始なる輪廻のなかで、私の友人ではなかった生命はいません。

釈尊の戒めを尊(とうと)んで、一切の生命に慈しみの気持ちを抱きます。

 

・すべての生命は私自身の父・母であると思います。

・すべての生命は私自身の兄弟であると思います。

・すべての生命は私自身の子供であると思います。

・すべての生命は私自身の友人であると思います。

・すべての生命は私自身の家族であると思います。

・すべての生命は幸福でありますように。

 

無私なる輪廻の中で、あの方は私の母かもしれないし、父かもしれないし、私の家族だったかもしれないし、じゃれてくる動物も、お互い、慈しみ、協力し、助け合ったのでしょう。そういったことがあったから、今世で出会っているのでしょう。

 

ただ、本ではその逆のことも述べています、慈しみとか協力とか、助け合いとか、そういったこととは逆のことです、こういったことを述べるのは、今ままでの長老の本にはあまりなかったことです。

 

 

 

唯一、親子の業(悪業)に書かれてる本があります。

 

 

 

悪業ですので、殺し殺される業です。

親子の殺し殺される業です、仏教のわからない方だと、本当に子育ての本か?と思うかもしれませんが、仏教では悪業も淡々と述べられます。

 

 

 

それは新刊でも淡々と述べられます。

 

慈しみ、協力、助け合いとは反対の業、殺し殺される業です。

生命同士の美しい関係もあれば、そうでない関係もあります。

 

無私なり輪廻の中では、そういった恨み、殺し殺されの組み合わせも起こります。

 

俗世だと、人を殺したら警察に捕まって、裁判にかけられ、刑務所で服役、もしくは死刑になるかもしれません、でも業だと、それで終わりではありません、無私なる輪廻の中では終わりはないんです。

 

引用です

私が誰か生命を殺したら、その生命は恨みを抱いたままどこかに生まれ変わります。いつか二人が再会したところで、その生命は私を殺すのです。私は「なぜ、こいつに殺されなければいけないのか」とまるでわかりません。だから、今度は私が恨みを抱きます。たとえば、突然外から人が来て包丁で私を刺したら、みんな刺した犯人をとんでもない悪人だと思ってしまうでしょう。私もそう思います。しかし、輪廻をわかっているのでしょうか?わかっていないのです。かつて私に殺された恨みによって、今度は私が殺されたら、私は相手に恨みを抱いて死んでしまうのです。次にその人を見つけたら、今度は私が殺すことになるでしょう。すぐには見つかりませんよ。人を殺した人は地獄に堕ちますから。地獄で気が狂うほど長い時間苦しんで、どこかに生まれた加害者と、遠い、遠い将来にまた出会うのです。出会ったところで殺してしまいます。

 

 

こころは何かしら知っていて殺しにかかるのです。

すごく怖いです。

 

 

 

ダンマパダの第五偈は、今世の話ではないです、ずーっと続くということです。

まことに、怨みによって怨みが静まることは、決してありません。

怨まないことで静まるのです。この真理は永遠です。

 

殺すまではいかなくても、人をだましたり、盗んだり、バカにしたり、傷つけたり、やってしまったことの業は、なにかしら巡ってくる、ということです。

 

国や宗教の戦争、テロもやむことないですね、無私なる輪廻の怖い一面です。

 

 

悪循環を断ち切る方法は「恨まないことで静まるのです」 

 

この新刊では、今世で悪循環を断ち切るもっと具体的な方法が述べられています、ぜひ読んでみてください。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。