おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

菩提樹文庫。 世の中のありようを簡単に言うと。

仏教関連の文献が幅広く掲載されています。

私個人の勉強用で読ませていただいてます。

紹介します

 

菩提樹文庫

http://www.geocities.jp/bodaijubunko/

 

管理人の湖寂様 ありがとうございます。

 

 

その中でアーチャン・チャー長老の法話、「真実における二つの面」があります。

世の中のありようを、平易な、誰でもわかりやすい言葉で説いています。

 

出家比丘に向けての法話ですね。

 

最初の部分を引用します。

1、真実における二つの面

 人生には二つの可能性があります。世俗世界の楽しみに耽ること。もう一つは、世俗世界を越えて行くことです。仏陀は世俗世界から自分を自由にし、精神的解放を実現しました。
 同じように、二種類の知識があります。世俗世界に属する知識と、精神世界に属する知識、あるいは真の智慧といって良いでしょう。未だ実践をしておらず、自らを訓練していないなら、いかに多くの知識を持っていようと、それは世俗的であり、自らを解放することはできません。

 考え、真に良く見てください。仏陀は、この世界の物事はぐるぐる回っている、と言いました。世俗世界に従えば、心は世俗世界に絡みつき、行ったり来たりして心を汚し、満足することがありません。世俗世界の人々は、いつでも何かを求めています。これで充分ということがありません。世俗の知識とは実のところ無知です。それは、明確な理解を持っていないために回転は終わることがありません。

 それは、世俗世界の目的である、物を貯めこむこと、地位を得ること、賞賛や喜びを求めること――を回りつづけます。私たちをしっかりとこの世界につなぎとめる大いなる迷妄です。
 ひとたび何かを得ると、嫉妬や心配や自己満足が起こります。脅かされていると感じ、物理的に防ぐことができないと、私たちは、ありとあらゆる物を発明することに心を向けます。武器や、核爆弾まで作り出そうとします。それは、ただお互いを吹き飛ばすだけです。なぜこのような問題や困難が起こるのでしょうか。

 それが世俗世界のあり方だからです。世俗世界に従って行くなら、終極点にいたることはないとブッダは語りました。ですから、解放のための修行に参加してください。
 真実の智慧に従って生きることは容易ではありませんが、ひたむきに道果を求め、涅槃を熱望する人は誰でも忍耐して、やりとげることができるでしょう。
 少しのもので満足し、忍耐することに耐え、少しの食事、少しの眠り、少しの話を心がけ、つつましく生きます。そうすることによって、世俗的なものを終わらせることができます。

 もし世俗の種がまだ残っているならば、いつも問題を抱え、終わることのない堂々めぐりで困惑します。出家したとしても、それはあなたを引っ張り、離し続けます。それは見方や意見を作り、すべての考え方に色を付け、飾り立てます。そういうものなのです。

 人々 はそのことをを理解せず、世俗世界でもできるだろうと言います。すべてを達成するのが人々の希望です。熱心な政府の首相が新しい内閣を始めるときと同じです。自分はすべてに対する答を持っていると思い、古い政権のすべてを運び去り、「見ていてください、私はすべてを自分でやります」と言います。
 物事を運び入れ、物事を運び出します。しかし、決して何事も達成されません。それが、することのすべてです。彼らは試みますが、決して完成しません。

 

 

在り様をわかりやすく簡単におっしゃってます。

 

止まることなくぐるぐるどうどう巡りをしてるだけ。

物事を運び入れて、運び出して、また、運び入れて、そのくりかえし。

何も達成されない、完成しない、何も得ない。

そういう世界にいます。

お坊様でさえその世界にいます。

 

仏教は早い話、それをどう乗り越え自分を解放しますか?ということです。

続きは菩提樹文庫をお読みください。

 

お幸せでありますように。