おっさんの仏教メモ

引っ越ししました。

『ブッダがせんせい』(5)

ブッダがせんせい』を精読してます。

 

いまのところ、不満です。

 

理屈っぽくて申し訳ないのですが・・。

 

ブッダがせんせい、ならば、お釈迦様の言葉に忠実にきちんと当たり、調べるべきです。

 

原典として、中村元先生のダンマパダを引いてますが、このダンマパダの解釈も???です。

 

ダンマパダには副読本みたいに因縁話が載っています、これもきちんと調べたのでしょうか?

 

パーリ語からきちんと、お釈迦様の言葉にあたっているのでしょうか?

 

本では中村先生のダンマパダに、その内容とは合っていない勝手な解釈を加え、そのまま掲載してます。

 

 

一例をあげます。

 

なんでもほしがる、

よくばりな心は、

いつか自分を

きずつけてしまうよ

 

 

原典として掲載してる中村先生のダンマパダです

 

田畑は雑草によってそこなわれ、

世の人々の心は欲求によってそこなわれる。

ダンマパダ359より

 

まず、『ブッダがせんせい』の作者は、ダンマパダを全部を引用していません。

 

第359偈の訳文の全文です、片山先生の訳です

 

もろもろの田は草に汚れ 

この人々は欲望に汚れる

それゆえ欲望を離れた者への

布施は大きな果をむすぶ

 

この偈は、もともと、大きな果を得るためのお布施の話なのです。

貪が主題ではないのです。

なぜ、作者は下の2行を省略して、貪の話にしてしまったのでしょうか?

 

 

 

 

 

元々の全文はこうです

正田先生の訳です。

356.( 356)   雑草 という 汚点 ある のが、 諸々 の 田畑 で ある。 貪欲( 貪) という 汚点 ある のが、 この〔 世 の〕 人々 で ある。 それ ゆえ に、 まさに、 貪欲 から 離れ た 者 たち に たいし 施さ れ た もの は、 大いなる 果 と 成る。  

 

357.( 357)   雑草 という 汚点 ある のが、 諸々 の 田畑 で ある。 憤怒( 瞋) という 汚点 ある のが、 この〔 世 の〕 人々 で ある。 それ ゆえ に、まさに、 憤怒 から 離れ た 者 たち に たいし 施さ れ た もの は、 大いなる 果 と 成る。  

 

358.( 358)   雑草 という 汚点 ある のが、 諸々 の 田畑 で ある。 迷妄( 痴) という 汚点 ある のが、 この〔 世 の〕 人々 で ある。 それ ゆえ に、 まさに、 迷妄 から 離れ た 者 たち に たいし 施さ れ た もの は、 大いなる 果 と 成る。

 

  359.( 359)   雑草 という 汚点 ある のが、 諸々 の 田畑 で ある。 欲求 という 汚点 ある のが、 この〔 世 の〕 人々 で ある。 それ ゆえ に、 まさに、 欲求 から 離れ た 者 たち に たいし 施さ れ た もの は、 大いなる 果 と 成る。

. 小部経典 第一巻 (パーリ語原文付)~正田大観 翻訳集 ブッダの福音~ (Kindle の位置No.1487-1493). Evolving. Kindle 版.

 

 

 

 

もともとは、お釈迦様と神様のやりとりの偈なので、子供向けの表現はむずかしいです、私には出来ないなあ。

 

やはり、不満です。

 

 

 

参考にした本

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾

 

 

 

『ダンマパダ』全詩解説―仏祖に学ぶひとすじの道

『ダンマパダ』全詩解説―仏祖に学ぶひとすじの道

 

 

 

小部経典 第一巻 (パーリ語原文付)?正田大観 翻訳集 ブッダの福音?

小部経典 第一巻 (パーリ語原文付)?正田大観 翻訳集 ブッダの福音?

 

 

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